永遠という感情や永遠への願望は、ただ、永遠というものへの候補でありえる魂にのみ特有のものである。有限であり、はかない存在である物質は、決して永遠という思想の源にはなりえない。細い電気線が、高圧電流を運ぶことができるだろうか? 現象界において、人の内なる鏡、そしてその思考に、永遠の生という願望を反映させ、このような感情を発酵させるような例は存在しないのであり「これから得た」といえるものはない。そうであるなら、有限である体の細胞、原子を超えたもう一つの世界を望み「私ははかない存在だ、私ははかない存在は求めない。私は無力であり、無力な存在は求めない。私は望む、無限の友を」 と語るのは、無限に焦がれ、永遠に心ひかれる、魂なのである。