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February 12, 2015

私の民主主義に対する立場は非常に明確です。国を転覆させようとするいかなる試みも、私たちの団結への裏切りであり、反逆です。
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フェトフッラー・ギュレン

私は50年以上にわたり、平和、相互尊重、利他主義の価値を説き、教えてきました。
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フェトフッラー・ギュレン

イスラムの信仰、礼拝、道徳、行動の基本的な原則は、時代の変化に影響されません。イスラムは特定の不変な政府形態を提案せず、それを形成しようともしません。イスラムはその名において神権政治を提供したことも、確立したこともありません。
Home » Collection for February 12, 2015

February 12, 2015

フェトフッラー・ギュレン

image 1

1分のハディースの分析

忠実なしもべたちへ与えられる驚き, アッラーの玉座の庇護を受ける七つの集団, 誉められることのない三つの集団

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Japanese (日本語)

離婚, どのようであれ、それに応じて支配される, 「フェトゥフッラー・ギュレン師のローマ法王ベネディクト16世の、レーゲンスブルグ大学での講演におけるイスラ-ム教への発言に関しての声明」

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Okul
人生の指針

奉仕への意識

人々への奉仕を目的としていない人生は、様々な欲望が渦巻く野蛮な生き方とどんな違いがあるだろうか。
正しさ、事実へ向かう道におけるあらゆる行動に拍手を送ることは、真実に対して敬意を抱いていることの現われです。真実が単に自分の専門や生き方にのみ存在すると思い込んでいる人は、遅かれ早かれ一人ぼっちになると同様、真実への見解においても常に変化を見せ、決して安定することがないだろう

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こわれた壷

赦しを請うこと―2

質問:信者にとって浄化の方法でもあるイスティグファールの礼節について何をお勧めされますか?
答え:イスティグファールを始める際、まずアッラーの偉大さを思い起こし、タクビール(アッラーフアクバル、アッラーは偉大なりと言うこと)や、タスビーフ(スブハーナッラー、アッラーに栄光あれと言うこと)によってその偉大さを称えるべきです。これに関して教友たちが預言者様(彼に祝福と平安あれ)について多くのことを伝えていますが、その伝承に従い、以下の表現でイスティグファールを始めることができるでしょう。
اَللهُ أَكْبَرُ كَبِيرًا وَالْحَمْدُ لِلهِ كَثِيرًا فَسُبْحَانَ اللهِ بُكْرَةً وَأَصِيلًا لَا إِلٰـهَ إِلَّا اللهُ وَحْدَهُ نَصَرَ

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こわれた壷

赦しを請うこと―1

質問: 伝染病のように罪が蔓延している現代において、イスティグファール(赦しを請うこと)は信者に何を約束してくれますか?アッラーの赦しを請うのに適している特定の時間がありますか?
答え: 預言者様が仰っているように、どの子どももイスラームのフィトラ(本然の姿)を持って生まれてきます[1]。人がこの世で負っている責任のうちの重要な概念がこの本来の性質を死の瞬間まで保つことです。人を永遠の至福に導く善行のすべてはこの本来の性質を守る方向に働くのに対し、破滅につながりかねない禁じられた行為のすべてはそのフィトラを腐敗させる原因となります。信者は破滅的な罪に対する強固な障壁を築く一方で、絶えず良い行いを追い求めるべきです。本来の性質が汚れないよう、変形するに任されないよう、保持する道を探るべきです。
犯される罪の一つひとつは、人間の本来の性質という観点からすると一つの歪みです。こうした歪みに見舞われたあと本来の姿に戻るには、ただイスティグファール、アッラーの赦しを請うことによってのみ可能となります。時に罪によって汚染された心はその機能を果たせないところまできてしまうことがあります[2]。それに罪はどれも、人をアッラーから遠ざけ、不信仰に近づけます。こうした人を不信仰に近づける罪から救われ、心にできた染みを消すには、アッラーの赦しを請い罪からの加護を求めることでしかできません[3]。
予防医学
実に信者は最初のうちに、極小の罪にさえ歩を進めないよう確固たる心構えであるべきです。罪に陥らないよう清らかで純粋な環境を整える努力をし、蛇やサソリから逃れるように自身を罪に誘い込むような危険な場所から逃れなければなりません。こうした決意、警戒といったものは、罪を犯すことによって地獄へと転落していく感覚を良心の奥底から感じることのできる、信仰者の心こそが獲得できるものです。罪に対し嫌悪感を抱かないのであればその人の心はすでに生気を失っていると判断できます。過ちや罪に対して動揺したり反応を示さない心、過ちを犯した後悔で夜も眠れないといった状態にならない心は死体のようなものです。したがって信仰を持つ心は罪に対して確実に反応を示すものです。そして示されるべき反応のうち最初にくるのが、イスティグファール、すなわちアッラーの赦しを請い、過ちからの加護を願うことなのです。
信者が「アスタグフィルッラー(アッラーの赦しを希います)」と言うとき、実際はアラビア語の現在形(ムダーリゥ)に備わる広大な意味合いを持たせながら、「アッラーよ、私はあなたの赦しを今も、これからも、そしていつでも請うています」と言っていることになります。このように悔いる者は過去に犯してしまった罪の赦しを請いながら未来をもすべて包含する請願として表現しているのです。赦される方であられるアッラーは、僕が一度行ったタウバ(悔悟)とイスティグファールを受け入れ、その者のすべての罪を赦されることもあり得ます。しかし我々がなすべきは、我々が手、足、目そして耳でなした過ちに対してただ一度の赦しを請うことで良しとせず、「アッラーよ、罪の赦しを願います。寿命の続く限り願い続けます。一度赦しを請うだけでは足りません。たった今赦しを請うているように、私の犯した罪のために一生後悔し続け、謝り続け、赦しを願い続けます。赦してください、主よ・・」と言いながら犯したたった一つの罪でさえも一生自責の念を持ち続けることです。そうです、信者は自らの犯した罪に対して、正しい導きを得たにも関わらず罪の道に踏み込んでしまったことがいかに恥であるかを考え、楽園のような恵み深い約束がありながら罪に耽ってそれを見逃したことがどんなに傲慢だったかを知り、心の中で恥を感じ続け、そうして絶えずイスティグファールに向き合うべきです。それがたった一つの罪であっても1万回赦しを請うほどであるべきです。さらにはそれさえも十分とは思わず、「アルフ・アルフィ(100万回の)・アスタグフィルッラー」と唱え、100万回のイスティグファールを感じるよう努めるべきです。
悪に傾きがちな気持ちの根を絶つ万能薬
イスティグファールは傷ついた人間の本性を再生するのと同様、悪へと傾きがちな性向の根も切り取ってくれます。常にイスティグファールを行い自らを清める人は、罪へと向かわせる原因をも同時に取り除きます。こういう人の心ではウイルス増殖の元となるウイルスは全く残りません。加えてアッラーは、我々には知りえないやり方で、イスティグファールを行い続ける人の悪への傾斜を抑えてくださいます。クルアーンの中でアッラーは、悔悟して善行に励む者について「アッラーはこれらの者の、いろいろな非行を変えて善行にされる」(識別章25:70)との吉報を伝えてくださっています。かれは行いの帳簿にある罪を消され、無限の慈悲によってその隙間を美しいもので埋めてくださるのです。これはかれの慈悲が怒りに勝っている事実のまた別の現われです[4]。
ベディウッザマン師はこの節を別のアプローチで解釈し、人に備わる悪の素質が悔悟と赦しを請うことによって善の素質へと転換することだと述べています。これに従えば、人が悔悟してアッラーに向き合うことによってかれへの忠誠を示せば、アッラーは「あなたはわたしのところに戻ってきた、であればあなたの悪への素質を善への素質に変えよう」というふうにやり取りしてくださっているのかもしれません。

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こわれた壷

ラマダーンと和らぐ心

質問:毎年、ラマダーン月は天からもたらされる静穏のように、また魂で感じ取られる確信のようにやってきます。そして信者の心を和らげ、溶かし、来世の色合いに染めます。我々の個人的・社会的生活という観点からこの祝福された月を最大限に生かすために何をお勧めされますか?
答え:ラマダーン月は、断食、イフタール(断食明けの食事)、サフール(断食前の食事)、タラーウィーフの礼拝といった魅力的な美しさを伴って我々の視野に現れます。そしてその月特有の神聖な雰囲気を醸し出します。様々な緊張関係が次々に起きたり、過剰な暴力や攻撃が行われたり、矛盾することが美徳と見なされたり、氷のように冷たい風が大衆の間に吹き荒れるような時でさえも、ラマダーンは魂を再生させ、健全な心や感情、思考を育成し、あらゆる種類の硬さや荒々しさを和らげることに影響を及ぼします。ムスリムはすでに、平安と優しさがはっきりと分かるほどに浸透するこの月に対して真剣な態度で尊敬を示しています。ですからどんな逆境にあっても我々が意志の力を正当に働かせ、この特別かつ際立った時の一区分に対してその恵みを心底信じながら我々自身の心を開こうとするなら、ひいては心から信仰し、畏怖や尊敬の念を持ってそこに向かい合うなら、我々も抱擁を受け恵みのシャワーを浴びることとなるでしょう。怒り、暴力、そして激情は止み、平和や和解の空気が浸透することでしょう。
料理の多種多様さではなく、来客の豊富さを
この考えを実践するには、信者(例えばあるアパートに住むムスリム家族)は隣人を、人生観の別に関わらず、数日前にお知らせした上でイフタールの食事に招待すべきでしょう。このようにして親切心や歓待の心の良い例を示すことができます。さらには付け加えて「ご親切にも我々の招待を受け入れてわざわざお越しくださいました。どうぞこれをお受け取りください」と言って用意しておいたプレゼントを渡すこともできるでしょう。可能であれば迎える側は来客の子どもにプレゼントを用意し、その無垢な子どもたちを喜ばせてあげることもできます。同様に、学校や大学で教師をしたり、何らかの組織で働くムスリムたちも、社会層の別に差を設けることなく誰に対しても食卓を開放することによって社会の友好関係に寄与することができるでしょう。
我々はこの祝福された月を実り豊かに活用し、来客のないイフタールのないようにしなければなりません。イフタールは料理の品数の多さではなく、来客の数の多さや多様性によって充実させるべきです。ご存知のように、預言者様はこう仰っています。「2人分の料理は3人十分であり、3人分の料理は4人に十分である」[1]。このことから豊富の月であるラマダーン中に迎える客の多さに心配する理由はないのです。このように行動することは社会の階層間に存在する巨大な不和を取り除き、偏見を乗り越えるための重要な外交手段なのです。力や治安部隊では対処できない数多くの問題がこの方法で解決できます。もしあなたがあらゆる人に対して誠実に心を開き、人間的な徳でもって人々の心を獲得し、あなたの心の中にすべての人が座ることのできる席を用意することができるなら、そして人々の心の力を頼りにすることができるなら、際限のない怨恨、憎しみ、怒り、流血、殺し合いといったものにも終止符を打つことができるでしょう。事実、人類の歴史上で脅迫によって問題を解決しトラブルを治めることができたことは一度もありません。それどころか脅迫は怨念に火をつけ人々をますます破壊へと向かわせるだけでしかありません。
トルコ語のことわざに「一杯のコーヒーにも40年の思い出」というものがあります。だとしたら私たちが招待するイフタールの食事の感情としての価値もインシャーアッラー(アッラーが望むなら)、40年続くことでしょう。ですから非常に美しい結果をもたらすこのような親切が実行に移されるべきです-おそらく、聖なるラマダーンの豊かさの秘密がそこには隠されています。そして断食やタラーウィーフの礼拝によって来世の報奨を得ることができるように、人々の心を獲得することによってもまた別の恵みを手に入れることができることでしょう。
心の中にこだまする天からの呼びかけ
世界のあらゆる場所で人類に奉仕しようと奮闘する信者たちは、人々の心を獲得する重要な機会としてラマダーンの価値を十分生かすことができるでしょう。イード・ル・アドハー(犠牲祭)で犠牲に捧げられた肉がアフリカからアジアまで世界中の様々な地域で貧しい人々に配布されていることを思い出してみてください。これによってアナトリアの人々の博愛精神と気前のよさが示され、犠牲の肉を介して人々の心をつかみ始める結果となっています。肉を受け取る人々にとっては、信頼感を呼び起こしてくれる国民が存在するのだと感じさせてくれる事柄なのです。同様に、ラマダーンキャンペーンとしてサフールやイフタールの扉をすべての人に開放し、多くの人々の心を獲得してアッラーのご満悦を求めることができるでしょう。特に海外でイフタールもしくはサフールに招かれた客人たちがこうした活動にどれだけ感化されることか、彼らの感想を聞いてみればその重要性をよりよく理解することができるでしょう。例えばイフタールの直前に流れるアザーンの予期せぬ声には独創性を感じ、非常に魅力的と捉えるようです。ですからムスリム文化の美しさや豊かさに引き合わせるためにもこうした機会を最善の方法で生かすことが必要となります。おそらくこうした活動は単に、客人たちの視点にイスラームに対する肯定的な見方を築くのみでしかないでしょう。しかし私が思うに、それだけでも決して過小評価すべきではありません。すべてに新鮮さを覚えた客人が別のところでイスラームの美しさに目覚め、精神的完成という地平に急上昇するということがあり得ないとも限りません。このことからも、こうした好ましい変化のためならば、ラマダーン月の期間中に一度イフタールに招待するだけでなく、一日のうちに何回も食卓に招いてもいいくらいの価値があります。
残念ながら我々の時代に生きる人々はイスラームの美しさを奪われています。そして真にムスリム足らしめる態度や振る舞いを目にすることができないでいるのです。ですから我々にとって最も重要な仕事は、家族の作り、家族同士の関係性、招待、優しさといった中に本物のイスラームを示すことです。ムスリムを怪物かのように捉えている人々がいるとしたら、このようなイメージを払拭するにはそうした人々と良い関係を築けるかどうかにかかっています。ですからムスリムの立場がどういったものであれ、理性と論理、判断、協議をもとに行動すべきであり、この問題を好ましいやり方で実現しようとすべきです。
どんな行いもラマダーン中の行いの埋め合わせとはならない

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81 muntakim
こわれた壷

ハッジとドゥアー

質問: ハッジの恩恵を最大限得るためにはどのような点に注意すべきでしょうか?この祝福された地でアッラーに懇願する際、優先させるべき事項は何でしょうか?
答え: 「この家への巡礼は、そこに赴ける人びとに課せられたアッラーヘの義務である」(イムラーン家章 3:97)というクルアーンの節に従い、財力、体力などのあるムスリムはハッジへと赴かなければなりません。我々の時代、旅をめぐる状況は非常に快適なものとなり、ハッジの遂行はより容易となり、必要な儀式を全うするためにより良い手段を確保できるようになりました。しかしながらさらに重要なのは、過去数世紀に渡って眠った状態のようであったムスリム世界が、ついに信仰の実践に目覚めたことにあります。毎年、ハッジに赴く400~500万人の人々以外にも、許可が出るのを待っている人々の数は決して少なくありません。ハッジの申込所に出かけていったものの許可が下りず落胆して引き返してくる人々の様子を見るにつけ、人々が宗教的感情や思考に再び目覚め、つながろうとしていることに気づくでしょう。
人々における変化は、地面に蒔かれた種が小麦へと成長していく過程に似て、急速に起こるものではありません。人々になされた投資が実を結ぶまでには何年もかかります。ですから、信仰の復活というこの前向きな進展はさらに拡大し続けていくものと信じています。恐らく近い将来には1,000万人もの人々がアラファで同時にアッラーに懇願し祈るときが訪れるでしょう。ひいてはアッラーのお恵みが我々に降り注がれ、信者たちは今一度、自らの足で立ち上がり、確固たる信仰、平安、充実感、そして信頼というものを獲得していくでしょう。
何年分もの価値が数秒に凝縮される
ハッジは、アッラーがそれを命ずるがゆえに行われるべき崇拝行為です。崇拝行為の対象となる絶対的なお方、そのご満悦を求める対象である正当なお方であられる我々の寛大な主に崇拝行為を捧げるのは、本質的にかれの権利であり、我々にとっては義務となります。このことから信者はまず、その恵みの雨を我々に降らせてくださる全能のアッラーの命令に従う形でハッジの遂行義務を果たさなくてはなりません。ニーヤ(意図)をこの上なく純粋なものとしてアッラーに対峙し、この聖なる土地から大いに、豊かに恩恵を受けられるよう努めなくてはなりません。
特にこの点からまず、目的とする地の意味合いを認識する必要があります。巡礼へと出発する際には、最果てのスィドラの木(スィドラ・アル=ムンタハー)が地上に投射された地である、アッラーが好まれた世界へと旅立つのだということ、そして人類を創造主に向かわせる人類にとっての究極的な神殿へと向かって歩を進めていくのだということを意識しなければなりません。巡礼者の心はこの感情で満たされるべきなのです。そして同時に、巡礼の儀式はファルドからワージブ、スンナ、ムスタハッブ、そして礼節まできちんと遵守しながら全うしようと努めるべきであり、全身全霊で服従して常にアッラーに向き合うべきです。言い換えれば、ハッジの務めを行う間中ずっと、人は立つ、座る、歩くといったあらゆる行いを、アッラーのために行っているのだという意識を持って取り組まなければなりません。カアバ神殿の前で手を広げること、悔悟の扉(ムルタザム)に顔を押し当てること、黒石に挨拶し口付けすること、ミナーに向かうこと、アラファに逗留すること、そしてムズダリファに向かうこと、こうしたすべてを行う間、アッラーのためにという意識を保持し続けなければならないのです。つまり、定められた行為の一つ一つをアッラーのために行い、数秒間の中に数年分の価値を凝縮させることをしなければなりません。
加えて、この神聖な旅路において人は不注意でのんきな振る舞いにつながりかねない状況を避ける必要があります。このことを常に意識し続けるために、自分自身をどうでもいい用事や我々の時間を取る人々から遠ざけるようにしたほうが良いでしょう。特別な地へと向かうのですから、くだらないおしゃべりに興じる代わりに、そこに行けば心が和らぎ、涙が流れ落ちる、そういった土地への切望で満たされるべきです。私がマディーナにいたとき、高貴なる預言者様への深い愛に満ちたある人の言葉に胸を貫かれたことがあります。その方はこのように仰っていました。「使徒様よ、私はここに何日もおりますがあなたのお声を聞くことができません。これからカアバに向かって出発するところですが、ここから何を持ってきたかと尋ねられたらなんと答えればよいでしょう?」そのほかにも同じような事柄をいくつも仰っていましたが、感動を覚えずにはいられませんでした。ですからこうした心を動かすような経験を捜し求め、自分自身に、こうした旅路のような機会は二度と訪れないかもしれないということを思い出させるようにしたほうがいいでしょう。
アラファの日、祈りに没頭すること
この聖なる地で過ごす日々は全能のアッラーに懇願を行うかけがえのないチャンスとして受け止めるべきです。そして全ムスリムの心の代弁者となるべく努力し続け、その熱意を込めて祈らなければなりません。例えば、カアバ神殿を初めて見る瞬間とは神秘の瞬間です。ですからその瞬間は祈りを捧げるために大切に活用されるべきです。同様に、ミナーに行く際には、そこがアラファに赴く前に通過する最初の浄化地点であると考え、一秒も無駄にすることなくアッラーに向かって心を開かなくてはなりません。<br

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fethullah gulen hocaefendinin le monde makalesi 99d

ムスリムよ、自らのイスラーム理解を批判的に見直そうではないか

  • December 25, 2015
イラク・レバントのイスラム国(ISIL)と名乗るテロリストグループが犯している虐殺の数々に直面した私の抱く深い悲しみ、嫌悪感は、いくら言葉を尽くしても言い表すことができない。 勝手に歪曲したイデオロギーを宗教という名で包んでテロを引き起こす集団がいることに世界中のムスリム15億人はやりきれない鬱屈した感情を抱いているが、私もその一人である。我々ムスリムには他の市民と連携してこの世界をテロの災禍や暴力的な過激主義から救う特別な責務があるのみならず、我々自身の信仰になすりつけられた汚れたイメージの払拭に努める必要がある。 言葉やシンボルを用い、観念として特定のアイデンティティーを高らかに謳うことは容易いことだ。しかしそれが真実であるかどうかは唯一、標榜するアイデンティティーの本質的価値観に我々自身の行いを照らし合わせてみることで判じることができというものである。我々の信仰の試金石はスローガンや何かしら粉飾を施したものではない。この世に存在する主だった信仰のすべてに共通の、命の尊厳や人類に対する尊厳の尊重といった基本的価値観に従って生きることができているかどうかによって試されるのだ。 テロリストが吹聴するイデオロギーは断じて糾弾すべきである。そしてその代わりに、明確に確信を持って多元的なものの見方の浸透を図るべきだ。とどのつまり、個々の民族や国家、宗教といったアイデンティティーの前に来るのは人類という共通の立場である。その人類は残酷な行為が繰り広げられる度にますます苦境へと追いやられている。パリで亡くなったフランス国民、その一日前にベイルートで命を落としたシーア派ムスリムのレバノン国民、そして同じテロリストの手によって死に追いやられた無数のイラク在住スンニ派ムスリムは皆、人間という以外の何ものでもないのである。宗教や民族といったアイデンティティーに関係なく、どこの誰であれ人が被っている苦難を等しく不幸として自ら共感し、一様に断固たる態度を示すことができるようになるまで、我々の文明が発展を遂げることはないだろう。 同時にムスリムは陰謀論と決別すべきだ。この理論は今まで、我々が社会問題に直面する妨げでしかなかったからである。我々がすべきは真の問題に向かい合うことだ。我々の内に無意識に潜む権威主義、家庭内暴力、若者軽視、バランスのとれた教育の欠如といった社会的理由が原因で、全体主義的思考に染まるグループにとって人を勧誘しやすい素地が提供されることになってはいまいか。基本的人権や自由、法の支配の優位、社会における多元的思考といったものを我々が確立するのに失敗したせいで、他の選択肢を模索してもがく人々を生み出したのではないか。 先日のパリでの事件で神学者と一般信徒であるムスリムの双方は今一度、宗教の名のもとに画策される野蛮な行為を断固拒否し非難する必要性を認識することとなった。だが今、拒否と非難は十分ではない。ムスリム社会内で見られるテロリストの勧誘に対しては、国家権威と宗教指導者、そして市民社会が効果的に協働して立ち向かい、戦うべきである。広く社会全般の取り組みを結集させ、テロリスト勧誘を促進するあらゆる要因に立ち向かわなければならないのだ。 民主的手段に則った支持表明、異議申し立ての方法 我々は社会と協力して、危険性を孕む若者を見つけ出し、自滅的な道に進んでいくのを食い止め、家族に対してもカウンセリングやその他の支援活動で手を貸すための枠組みを立ち上げなければならない。対テロ対策を練り上げ意見交換する場にムスリム市民の当事者も参加できることを目指し、政府が前向きに、事前対策に関わっていくようになるのを推し進める必要もある。若者に対しては民主的手段に則った支持表明及び異議申し立ての方法が指導されるべきである。早い段階から民主的価値観について学校のカリキュラムに組み込まれることも若者の精神に民主主義の文化を植え付けるために不可欠であろう。 ああした悲劇の直後に強い反発が引き起こされるのは歴史の常である。反ムスリム、反宗教といった心情に留まらず、各国政府が治安重視を掲げてムスリム市民を対象に取り始めた措置は逆効果と言わざるを得ない。ヨーロッパ在住のムスリム市民も、平和と安寧のうちに暮らしたいと願っている。であるなら彼らも悲観的な空気に意気消沈せず、ムスリム共同体がさらに大きな共同体とよりよく融合していけるような受け入れ策を促進してもらえるよう、地方自治体及び政府に対して一層働きかけ努力すべきである。 我々ムスリムにとってもう一つ重要なことは、現代の状況や要請、そして歴史的経験の集大成から解明される諸事に照らし合わせて、我々のイスラームに対する理解・実践を批判的に見直すことだ。これはなにも、蓄積されたイスラームの伝統からの決裂を意味するものではなく、むしろムスリムの先人たちが明らかにしようとしたクルアーンとハディース(預言者の言行録)の真の教えを確認するために行う理知的な問いかけなのである。 歪んだイデオロギーに利用するため宗教的文献をその文脈から切り離して読むようなやり方についても、それを追いやる方向で積極的に動かねばならない。ムスリム思想家及び知識人は全体的アプローチを推進させ、中世のように宗教的帰属と所属政党が凡そ一致する状況で果てしない論争が繰り広げられていた時代にくだされた法的判断については再検討に付すべきであろう。核となる信念を持つことを教条主義と同列に扱ってはならない。宗教のエートスへの忠実を保ちながら、イスラームのルネッサンスに開花した思想の自由という精神を復興させることは可能であるし、何より絶対的に必要である。ムスリムが暴力の原因となる過激主義やテロと有効に戦うにはそうした雰囲気が醸成されてこそ可能となるのである。 こうした諸事件が起きた余波として最近、無念にも、文明の衝突論が再び頭をもたげてきているのを目撃している。そのような仮説を最初に提示した人物は先見の明があったからそれができたのか、もしくはそれを強く欲していたからかは分からない。確かなのは、今日このレトリックの復活はテロリスト・ネットワークによる勧誘活動を一層活発化させているにすぎない。はっきり申し上げるが我々が目撃しているのは文明同士の衝突などではなく、全人類の文明と野蛮さの衝突なのである。 ムスリムとしての我々の責務は、怒りにも心が折れることなく、解決策の一部となることである。全世界のムスリムの生命と市民権を守り、信仰の種類にかかわりなく全人類の平和と安寧を保持したいと願うのであれば、今すぐ行動に移し、暴力的な過激主義の問題に対して政治、経済、社会、宗教とあらゆる局面から取り組まなくてはならない。自らの生き方を通じて徳のある模範を示すこと、過激主義の視点からなされる宗教文献の解釈を疑い除外していくこと、その若者に与える影響に目を光らせていること、そして早い段階から民主主義の価値観を教育に盛り込んでいくことによって、我々は暴力やテロリズムに立ち向かっていけるともに、それにつながる全体主義的イデオロギーにも対処することができるであろう。
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ムスリムは過激派の「がん」と闘うべきである

  • September 7, 2015
テロを糾弾し、人権を擁護し、教育を推進する 自らを「イスラーム国」と名乗る、いわゆるISISとして知られているグループがいまだ中東で大虐殺を繰り広げる中、ムスリムは、同グループや他のテロリスト集団を駆り立てている全体主義的イデオロギーに立ち向かわざるをえない状況にいる。イスラームの名のもとに犯される一つ一つのテロ行為によって全ムスリムに深刻な影響がもたらされ、他の一般市民との関係が疎遠になったり、己の信仰の精神について誤解を深めることとなっているのだ。 暴力的な過激派の残虐性をイスラームに帰すのは正しくない。テロリストがムスリムであることを主張しても、そのアイデンティティーは名目上のものでしかありえない。ゆえに信仰を持つ人々はこの「がん」が社会のあちこちに転移するのを防ぐためにできる限りのことをすべきである。もしそれをしないのであれば、信仰のイメージが悪くなった責任の一端は我々にもある、ということになってしまうだろう。 まず我々は暴力を糾弾し、被害者意識に飲まれないようにすべきである。抑圧を受けたからといって被害者意識を持ったりテロを非難しないでいることを正当化することにはならないからである。テロリストがイスラームの名のもとに重大な罪を犯していることは何も私個人の見解というわけではない。聖典クルアーンと預言者ムハンマドの人生に関する伝承という主要な出典を素直に読めば必然的にそういう結論が導きだされるのだ。こうした出典に見いだされる核となる原則は、預言者の言行録や、聖典に書き著されている「作者の意図」の研究に身を捧げてきた学者たちによって何世紀もの間受け継がれてきた賜物であるが、テロリストたちが宗教的に正当化しようとしているいかなる主張をも一掃するものである。 次に、時に信奉者たちの多様な背景に応える柔軟性が悪用されることを鑑みて、イスラームの総合的な理解を促すことが重要である。しかしながらイスラームの核となる倫理に解釈の余地がないこともおさえなければならない。そうした原理の一つに、罪のない一人の人間の命を奪うことは全人類に対する犯罪に相当するというものがある(クルアーン5:32)。戦争で防御を図ることに関してでさえ、戦闘員以外への暴力、特に女性や子供、聖職者に対するものは預言者の教えによって明確に禁止されているのである。 我々は世界中の平和を希求する人々と団結してこうした価値観を提示していく必要があるだろう。人間の心理が持つ性質やニュースの重大性を鑑みれば、主流派の声が過激派のそれほどに大見出しとならないのは致し方ないことである。だからメディアを非難する代わりに、我々の声を届かせる革新的な方法を考え出すべきだ。 三つ目としてムスリムは、尊厳、生活、自由といった人権を公に推進していく必要がある。これらはイスラームに備わる最も基本的な価値であり、個人であれ政治、宗教指導者であれ、勝手に他人から取り上げる権利など持ってはいない。信仰の神髄を生きることは、文化的、社会的、宗教的そして政治的な多様性を尊重することを意味する。神は、互いに学びあうために多様性があると、その第一義的な目的を明らかにされている(クルアーン49:13)。神が創造されたものとして一人一人の人間を尊重すること(クルアーン17:70)は神を尊重することにもつながる。 四番目として、ムスリムには社会の構成員すべてに教育の機会を授ける必要性があり、ここで文系や理系、芸術といった学問は生きとし生けるものを尊重する文化の一部となっていなければならない。ムスリム諸国政府は民主主義的価値観を養うようなカリキュラムを策定すべきである。一方、市民社会の役割は尊敬と受容の念を育んでいくことである。ヒズメット運動参加者たちが150か国以上で1,000以上の学校や個別指導センター、対話機関を設立したのはこのことが理由なのだ。 五番目、ムスリムに宗教的教育を施すことによって、過激派がそのゆがんだイデオロギーを宣伝するために用いようとする手段を奪うことが非常に重要である。一部のムスリム世界で何十年間もみられているように宗教的自由が否定されると、信仰は闇の中で培われることとなり、きちんとした資格のない過激な人物の解釈に任されるままとなってしまう。 最後に、男女の等しい権利を推進することもムスリムにとって欠かせない。女性は機会が与えられ、平等を否定するような社会的圧力から解放されるべきである。ムスリムにとっては、預言者ムハンマドの妻であり、高い教育を受けた学者、教師、その時代の卓越した共同体指導者として生きたアーイシャという優れた例があるではないか。 テロリズムは多面的問題であり、政治、経済、社会、宗教のあらゆる層が解決に取り組む必要がある。問題を単なる宗教に狭めるやり方は、危険性をはらむ若者や世界全体に損害を与えかねない。国際社会は、ムスリムが事実上そして象徴的な意味においてもテロの主な犠牲者となっていることを認識し、同時に彼らがテロリストを追いやり勧誘活動を阻止する一助となることを理解するのが賢明というものである。だからこそ、諸国政府はムスリムの疎外を招くような声明の発表や行動を避けるべきなのだ。 暴力的な過激派のいるところに宗教はない。そこには常に信仰というテキストを操作する人々がいるだけである。クリスチャンがクルアーンを燃やす行為やクー・クラックス・クランの行いを是認するわけではないのと同様、また仏教徒がロヒンギャのムスリムに対する残虐行為を支持するわけではないのと同様に、一般的ムスリムも暴力を承認しているわけではない。 ムスリムは歴史的に見て文明の繁栄に大きく寄与してきた人々である。最も偉大な貢献がなされた時代とは、信仰によって相互尊重や自由、公正が大切にされていた時代であった。イスラームの汚名を返上するのは非常に困難であるかもしれない。しかしムスリムはそれぞれの社会で平和と安寧の案内役となれる人々である。
tr haber 16281 pakistan deprem 87a

心の病

  • March 11, 2015
真に信心深い人とは、同時に高い徳をも身につけている人のことである。その人の崇拝行為には見せかけはなく、行動には偽りがなく、その心には悪意やいがみがない。見せかけは人をアッラーから遠ざける。偽りは人をアッラーから、かつ人々から遠ざける。悪意は憎悪を、いがみは恨みを呼び起こす原因となる。
akademisyenler mefkure yolculugu kitabini muzakere etti 44c

内面と外面の一致

  • March 11, 2015
世界をただそうと努める人は、まず自らをただす必要がある。そう、まず彼らの内面が憎悪、敵意、嫉妬から、外面もあらゆる不適切な行動から清められることが必要である。それであってこそ、周囲への模範となれるのだ。自分の心をコントロールできない、我欲と格闘していない、感情世界を征服できていない人によって周囲に送られるメッセージは、それがどれほど輝かしいものであろうとも、人々の魂に興奮をもたらすことはなく、もしもたらしたとしても継続的な影響を及ぼすことはない。
dun irtica bugun camia 44f

恵み多い人生を生きる人たち

  • March 11, 2015
最も長い寿命を持つ人とは、たくさん生きた人のことではない。十分に活動し、この生から報奨を得ることができた人である。この基準で見るなら、100歳まで生きていても短い生ということもできるし、15歳の時に、獲得には何千年もかかるような恵みや美徳によってその頭を天に届かせた人々もいる。
verslaafd aan gemakzucht eb1

泣く時・笑う時

  • March 10, 2015
年を取るに従い、しもべであるという意識と一体化できない魂は、得をしているつもりで実は失っているものがあるという不幸に陥る。もしその人がこれを理解できれば、今日笑っている事柄に泣くだろう。後悔に頭を垂れるだろう。
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