預言者特有の知性

預言者の特性の一つに、その優れた知性がある。それを預言者特有の論理と呼ぶこともできることは、前にも述べたとおりである。これは、魂や心や感情を結合させ、対象にそのような形で向き合うということである。

この預言者特有の知性は決してただの知恵や論理ではない。だから、イスラームをそうした知恵や論理のみにゆだねて「イスラームは知恵の教えである」、「イスラームは論理の教えである」ということはイスラームへの誤解であるだけでなく、大きな弊害を生む最初の一歩でもあり得る。イスラームは知恵や論理だけの教えでは決してない。それは神意の教えなのである。

イスラームの諸問題が知識や論理と相反しないのは、それがアッラーからもたらされたものであるからであり、同時に、その教えを人間にわかるような形で解釈する預言者の知性のお陰でもある。その知性は、神意を理解できるほどの段階にあるものである。それは感覚や考え、心、外から見える様子、秘められた考えなどを理解する知性であり、一般的な知性の段階を超越した、預言者特有の知性である。

アッラーからもたらされる神意は、まずこの預言者の知性に伝えられる必要がある。これは人間にとって必要ということである。なぜなら、神意が預言者の知性を通さずに我々に伝えられたとしたら、人間はその高尚なる源から、我々のためにともたらされる神意に身を焼いていたことだろう。アッラーが覆いを取り除かれたら全ての存在は燃え尽きて灰になってしまう。神意も同様である[1]。

身を焼いてしまうような神意は預言者の知性によって我々に適した形にされる。そもそも我々が教えと呼ぶものはこれである。人間のレベルまで段階を下げられるのである。これを行なうのも預言者特有の知性である。だからこれは全ての預言者に見られるべき特質であり、預言者である者だけに見られる知性である。この知性を普通の人間にも見られる知性とみなすのは誤りである。預言者特有の知性は全ての知性の中で最も優れたものである。

もし預言者にこのような知性がなかったら、敵に対抗したり同胞の問いに答えたり、彼らが立ち向かうべき多くの問題にどうやって対処することができただろうか。それは不可能であり、教えが理解されないという結果を生むことになっていただろう。そうなった場合教えがもたらされたことの意味さえもなくなってしまい、人間が創造されたことも意味を持たなくなる。このような結果に終わらないために、預言者の知性が必要なのである。預言者たちはこのような課題を難なく克服できる知性を与えられているのである。

預言者ムハンマドの知性

預言者ムハンマドが生きられた時代を考えてみよう。一方では教友たちが自分では解決できなかった問題を預言者ムハンマドの元に持ち込んで解決してくれるよう頼み、また一方ではイスラームに興味を持った人々の頭に思い浮かぶ不安や疑いもその答えを待っていた。それに加えて、預言者ムハンマドをひがみ、嫉妬するキリスト教徒やユダヤ教徒たちが扇動する不安や疑いなどもあった。これら全てを克服して、問われたことに正しく答えていくことは、ただ預言者の知性をもって可能である。

さらに、預言者ムハンマドが対応されるべき人々も実にさまざまなのであった。その一部は宗教学者であった、精神の深いところに飛び込んだこの人たちは、教会や聖堂でそれなりのことを身につけている。別の一部は論理的な問題に熱中しており、論理や思考に重きを置く人々である。一部は商売や取引の世界に力を持ち、一部は戦場で育った貴重な司令官である。政治的才能を持つ者もいれば、文明とは縁がなさそうな砂漠に生きる人々もいる。そしてそれぞれが、それぞれに応じた疑問を持っている。このような状況で預言者ムハンマドは、どの段階にある人もその言葉からそれぞれに応じたものを得るべく、語らなければならなかった。そしてこの世界全てを覆うこの教えの特性上、この状況は審判の日まで続くだろう。

人間は話し、考えることのできる存在である。考えたことが話すことに託され、話されたことが記述に託されれば、それは継続性を得るのである。語られず、記述されもしない考えは生き続けることができず、その思考の持ち主と共に去り、土に埋められてしまう。考えることができるという能力が、アッラーが人間に与えられた大きな恵みであるのと同様、話すこと、考えを明らかにすることも、大きな恵みである。だからこそ聖クルアーンは、アッラーの慈悲について説く時、人間が創造されたという記述のすぐあとで「物言う術を教えられた」(慈悲あまねくお方章55/4)と述べているのである。アーダムの時代から、人は話し、語るのだ。そして審判の日までそれは続くだろう。考えることも、説明することも、語ることも尽きることはない。これも、アッラーの限りない慈悲の一つである。そしてこの慈悲が最も現れているのが預言者たちであり、預言者の中でも最高の段階におられるのが預言者ムハンマドである。預言者たち、そして預言者ムハンマドのこの特性は、彼ら特有の知性によってのみ説明される。その知性なくしてこのような状況は獲得できない。だからこの知性は預言者たちにとって最も重要な特性なのである。

全ての預言者は、優れた知性とそれをうまく表現する才能の持ち主である。最もわかりにくい、最も難しい問題でさえ、軽食をとる時のようにたやすく解決できる。それを説明する時には、その表現も容易なものである。その言葉を聞いた者は自分でもそんな表現ができそうな気になる。しかし実際にやってみると、彼らのように語ること、彼らのように表現することは不可能ということがわかる。そもそもは非常に難しい問題が、アッラーによって彼らには容易であるに過ぎないのだ。預言者たちに見られるこの表現の花の美しさは、決して他では見られないのである。

預言者は、持ち込まれた問題がどれほど難しく、前例のないものであったとしても、あたかもその分野で何十年も経験を積んできたかのように、それに対応する。バーナード・ショウが次のように語っているのもそのためである。「山積みになった問題が解決を待たれているこの時代、全ての問題を簡単に解決する預言者ムハンマドが、どの時代よりも必要とされている」。そう、我々のこの時代、経済的、社会的、政治的に非常に多くの問題があり、それらが解決を待っているのである。そして今日敵も味方も皆理解していることは、預言者ムハンマドの輝かしい知性の泉なくしてこれらの問題を解決することはできないであろうということである。

彼の知性について語られた多くの言葉がある。それらをまとめれば厚い本になるだろう。ここではそのうちの一つ二つに触れて、この深いテーマを終えることにしよう。

法学者で、最高の知識人という称号を持つアブドッラー・ビン・アッバースは次のように述べている。「人間のうちで最も優れており、そしてまた最も知的であるのも、あなた方の預言者預言者ムハンマドである」

旧約、新約聖書を仔細にわたって研究した学者ワフブ・ビン・ムネビフも、預言者ムハンマドの知性を次のように表現している。

「全ての人間の利口さと、預言者ムハンマドの知性との比較は、広大な砂漠の一粒の砂と、その広大な砂漠との比較に例えられる」[2]

預言者ムハンマドの知性の例

1.カアバの修理

無知の時代の人々は、あたかも騒乱の申し子のようであった。彼らがやるべきこと、彼らの存在の意義は争いごとを起こすことであるかのようだった。人が三人集まれば必ず争いが起こる始末であった。こういった人たちをまとめ、彼らの生き方を高め、人々の手本となるような人材を育てることは、ただアッラーの使徒にのみ可能な奇跡であり、その優れた知性でこれらのことを実現していかれたのである。

カアバ神殿の修復工事は、預言者ムハンマドが預言者としての任務を始めた前後に行なわれた。修理の後、黒い石を設置するにあたって、人々の間で争いが起こりつつあった。皆がそれをする名誉を求めたのだ。その時点で預言者ムハンマドはまだ預言者としての任務を与えられてはいなかった。しかし、それでも、預言者ムハンマドの魂には、やがて実る果実の種が存在していたのである。

その時、その場ではまさに剣が抜かれ、矢が弓にかけられ、争いが起ころうとしていた。そのまま行けば、何年続くか、どれほどの被害を出すかわからない、大きな内戦が起こる可能性があった。その時そこにいた一人が、ある提案をした。「カアバのこの入り口から一番初めに入ってきた人に権限を与えて、彼が何と言おうとそれに従おう」と言ったのである。この提案は受け入れられ、皆興味深く見守っていると、最初に入ってきたのは預言者ムハンマドであったのだ。「信頼の人が来る」と彼らは言い、状態を預言者ムハンマドに説明した。

預言者ムハンマドは、考え込まれることもなく、すぐ「大きな布を持ってきてください」と言われた。黒い石はこの布の中心に置かれた。全ての有力者たちが布の端を持ち、置かれるべきところまで運んだ。そして預言者ムハンマドがその石を取って、置かれるべきところに置かれたのであった[3]。このようにして大きな内戦は避けられたのである。考えこむこともなく、いとも簡単に、このような困難な問題を解決されたのである。問題が持ちかけられるや否や、これほどすばやく解決することは、預言者の知性以外の何で説明をつけられるだろうか? 当時はまだ預言者ではなかったから、神意がくだされたわけではないのである。これは預言者に特有の知性であり、だからこの問題も難なく解決されたのだ。彼には超越した知性と思考力、理解力があり、またそれは聖クルアーンが託されるべき人にとっては必須条件であった。

2.相手をよく知ること

フサインという者が、預言者ムハンマドのところにやって来た。その目的はこのお方を説得し、この布教活動をやめさせることであった。預言者ムハンマドは、相手を知るという点においても奇跡的なほどの能力を持っておられる。何も考えなくても、相手に見事な形で対応される。もしその言葉のいくつかの順序を変えたら、あるいは同じ言葉を別の人に言ってみたら、事態を混乱させるだけで決して目標に達することはできないであろう。言葉を選ぶという点、そして相手に合わせて話すという点で、預言者ムハンマドに並ぶ者はいない。非常に早くそれらのことを成し遂げられ、全く考えなくても、話されることは結果として全て話されるべき形で話されているのであった。誤りもなく、また不必要なことは含まれない。全ての言葉を見ていけば、一語たりとも不要なものはないことがわかる。これが預言者特有の知性でなければ一体なんであろうか? この知性が、フサインをどうするか見てみよう。

フサインが言うべきことを言ってしまうと、預言者ムハンマドは礼儀正しく尋ねられた。

「フサインよ、あなたはいくつの神を信じているのですか?」

「七つは地に、一つは天に、全部で八つです」

この、天にと彼が言っているものは、その心からどうしても消え去ることのなかった、アッラーのことである。アッラーという概念は、彼らの心に根をおろしていて、長い長い無知の時代でさえ、それを彼らの心から消し去ることはできなかったのである。心は嘘をつかない。言葉が、心の声をきちんと伝えればいいのである。預言者ムハンマドとフサインの問答は続いた。

「あなたに何か問題が起こった時どの神に助けを請いますか?」

「天の神に」

「あなたの財産が失われたら、どの神に助けを請いますか?」

「天の神に」

預言者ムハンマドはこのように問いを続けられ、その答えはいつも同じであった。彼が何と尋ねられようと、フサインは「天の神に」と答えるのであった。フサインはこれらの問いの後に何と言われるのか知らなかった。預言者ムハンマドは、最後に、次のように言われた。

「天の神はあなたの全ての祈りにお一人で対応されている。あなたは、そんな必要もないのにその神に他のものを配しているのですよ。私が言っていることは何ですか? イスラームを受け入れ、救われなさい」[4]

この会話において、使われている言葉は全て非常にシンプルである。しかし、相手の状態と思考のレベルを知り尽くした表現である。フサインは何も言うことを見つけられなかった。預言者ムハンマドが話された後、相手の者には唯一つの言葉のみが残されている。それは「アッラーの他に神はなく、ムハンマドはその使徒である」という言葉である。つまり、相手はこの言葉を言って救われるか、あるいは不信心を続け、何も言えないまま彼の元を去るか、どちらかであって、他の道は残されていないのである。

3.相手に合わせて話すこと

ベドウィンは、砂漠に生きる民であった。何度もラクダを失い、またその荷を置き忘れてしまったり、砂嵐に遭遇したりし、悲嘆にくれていた。このような者たちの精神状態を考えてみよう。こういう人々が途方にくれ、苦しんでいる時、何と言うだろうか? おそらくは、ハムザがある時預言者ムハンマドに言った言葉と変わらないことを言うであろう。ハムザは預言者ムハンマドに従い始めた時、このように言ったのであった。「ムハンマドよ、砂漠で、夜の闇を体験してわかったのですが、アッラーは何かで囲むことなどできないほど大きいのです」[5]。彼らが崇拝していた偶像たちが役に立たないことを知った者は皆、同じことを言っていた。彼らの内部から、彼らの魂がこれらを訴えるのである。そして、それは真実を述べている。このようにして多くの者が預言者ムハンマドの元に集まってきたのであった。そして、無知な者の問いに対しても、彼らの魂の状態に応じて、最も適した形で答えられ、彼らはその答えによって教えを受け入れ、空に輝く星のようになっていたのであった。

アハマド・ビン・ハンバルは、アブー・タミーマの言葉を伝えている。ある日、預言者を囲んで座っていた。そこに一人のベドウィンが来た。預言者ムハンマドに対して、

「あなたはムハンマドですか?」と尋ねた。ムハンマドは、静かな調子で、

「はい、私はムハンマドです」と答えられた。

「あなたは何を勧めているのか」

「力強く、偉大なるアッラーにあなた方を導いているのです。ただ、アッラーに。並べられるものは何もない、唯一の存在であるアッラーに。アッラーは、あなた方に災いが起こった時は、彼に助けを求めるのです。アッラーが災いを取り除かれます。飢饉や災害の時はアッラーに祈りなさい。アッラーが雨を降らせ、草を育てられます。あなた方が、見渡す限りの砂漠で何かを失ってしまった時は、アッラーに手を広げ、祈りなさい。アッラーが、あなた方が失ったものを見つけられるでしょう」

一人の遊牧民に語られたこの言葉はまさに驚くべきものである。全ての言葉が、彼の日常に結びついている。砂漠の中での困難とはどのようなものであるか? それをよく知っているベドウィンに対して、それらの状態から庇護を求めるべき無限の力の存在が語られているのである。そもそもは彼の心にもそのような感覚はあるが、彼自身まだそれが何であるか知っていないのだ。そこで預言者ムハンマドは、あたかもこの遊牧民の内側から沸きあがるその感覚を彼自身に解き明かすかのように、語られているのである。ここで語られた言葉は彼に大きな影響を与え、彼の心を捉えた。そして、このベドウィンは「預言者よ。手を。あなたに誓います[6]」と言った。それ以外の言葉は見つからなかったのだ。そして教えを受け入れ、教友の一人となる名誉を得たのである。

語られている言葉自体はとてもシンプルであり、表現が凝っているわけでも、文学的に表現が工夫されているわけでもない。しかし、言われるべき形で言われたのであり、だからこそベドウィンもそれを受け入れたのである。

硬い心をもった人々から天使のような民を出現させることは、この地上で預言者ムハンマド以外の誰に与えられた機会であろう。ムハンマドは、アッラーが御自身に与えられた力を適切な形で見事に使いこなされ、その結果生み出された大きな変革はいまだに歴史学者や社会学者たちの理解を超越しているものである。預言者ムハンマドがこの社会という海に投げられた石は、大きな波を起こし、その波は我々の世紀にまで到達している。そしてこれは、最後の審判の日まで続くであろう。今日、世界の各地で、次々とイスラームへの入信が行なわれている。これは預言者ムハンマドが投げ入れられた石の起こす波が、我々の世紀にまで到達していることに他ならない。何世紀も影響を持ち続けるこの偉大な引力が、他の誰に与えられたというのであろうか。それは彼にのみ与えられたものである。

4.フナインの戦いとその後の処理

預言者ムハンマドは、最も困難な問題でもたやすく解決され、どうにもならないように思える状況でさえ、簡単に、しかも非常にすばやく解決される。非常に優秀な頭脳を誇る人たちでも途方にくれ、パニックに陥ってしまうような予想外の出来事に対しても、いつもと同じ様子で、冷静さを失われることなくすばやく行動され、すぐにその場を乗り切られた。このお方の全ての行動、言葉は、非常に細かいところまで計算され、秒単位までタイミングも計られていることが、観察によって明らかとなる。もし一秒でも時間が狂えば、あるいはほんの一つの単語でも言い忘れがあれば、これほどの成功は実現しなかったであろう。しかし、預言者ムハンマドは、これらの行動を、時間を計ったり長い時間考え抜いた上で行なわれているわけではないのである。そのようなことができる状態にはないことがほとんどだった。では、このような事実を、その預言者特有の知性と結びつけずして何と説明がつけられるであろうか。このお方は預言者であり、その知性は預言者としての知性だったのである。預言者として考えられ、預言者として行動されていたからこそ、その言動に誤りがないのだ。誤りがないだけでなく、全てが最高の段階であったのである。他の者が、彼が到達された地点にたどり着くことは不可能である。このことと関係のある、多くの出来事があるが、ここではそのうちの、最も重要だと思われる一つを取り上げてみよう。

その出来事は、フナインの戦いの後で起こった。イブン・イスハークが伝えている。同様の伝承をブハーリーにも見ることができる。

フナインの戦いはマッカ征服の後に起こった。その戦いで獲得した戦利品を、ムハンマドは、さらにイスラームに心を開くよう彼が望んでおられる人々に分配された。その多くは民族や部族において力を持ち、発言力がある者たちであった。マッカの制圧後、このような立場の人々の心をきちんとつかんでおくことが、マッカ支配を続ける上で不可欠であった。なぜならこの者たちの少なくない部分が望まずにムスリムとなったのであり、彼らの心の中の氷を溶かしておかなければ、あとあと危険なものになるかもしれないからである。預言者ムハンマドの知性はここでも見られる。

その日、分配されるべき六千人の捕虜と、二万四千頭のラクダ、計四万頭の羊とやぎ、四千オッカ(1オッカは約1230グラム)の金銀があった。

これらの分配にあたってムハンマドはマッカの住民たちに重きを置かれているように振る舞われた。戦利品の多くを彼らに分けられ、一部の者には特に気を配られた。その者たちは、もし彼らの心がイスラームへの結びつきをさらに深めた場合大きな効果を生み出す立場にあった。例として、アブー・スフヤーンとその家族に300頭のラクダと120オッカの銀、ハキム・ビン・ヒザムに200頭のラクダ、ヌサイル・ビン・アルハリス、カイス・ビン・アディイェ、サフワーン・ビン・ウマイヤ、フワイツブ・ビン・アブドゥルッザ、アクラ・ビン・ハビス、ウイェイネ・ビン・フスン、そしてマーリク・ビン・アウフにそれぞれ100頭のラクダが与えられた。これ以外にも、有力者たちにはそれぞれ、50頭、40頭といったラクダが与えられた[7]。

与えられたものはラクダであり、金であり、銀であった。しかしそれによって、教えが守られ、人々の心がイスラームとの結びつきを深めることが望まれていた。マッカ制圧は非常に短期間で行なわれたため、マッカの住民には不満が生じていたからである。少なくとも、彼らの名誉と誇りが傷つけられたことは否めない。そしてマッカの者にとって、名誉と誇りは何よりも大切であった。預言者ムハンマドは、アッラーが授けられたこの機会を最大限生かし、彼らの心の傷を癒されたのだった。

しかし、この分配は、マディーナ出身の教友たち、特に若い者たちを不満にした。「まだ我々の剣からは彼らの血が滴っている。それなのに、戦利品はほとんど彼らがもらっている」と言う者すらあった。これは、騒乱の芽であり得た。このように言っているのがごく一部の少数であることは重要ではなかった。この小さな芽が摘み取られなければ、どうすることもできない大変な事態に発展する可能性があるのだ。さらに、ムハンマドに対する小さな異議が人々を教えや信心から遠ざけ、永遠の喪失へと導くこともある。これは、騒乱よりももっと大きな災いである。

サアド・ビン・ウバイダは、この事態をすぐにムハンマドに知らせた。このような事を言っているのは皆若者であり、それ以外の人は誰もそのようなことを考えてもいなかった。それでも、手が打たれなければこの事態は大きく発展する可能性があったのだ。

預言者ムハンマドはすぐに、マディーナ出身の教友たちを一ヶ所に集め、又その場に他の者は誰も来てはいけないと命じられた。マディーナの教友たちは集まり、ムハンマドは彼らに向かって呼びかけられた。

「マディーナの民よ!あなたたちの心に、私に対する不満があることを聞きました」

呼びかけはこのように始まった。集団心理の面から見ても、素晴らしい始め方である。誰も予想もしておらず、又何の目的があるのかもわからずに始められたこの集まりで、最初にこのように呼びかけられることは、突然の殴打のように皆を我に帰らせる効果があり、事実そうなったのであった。

教友たちはそもそも預言者ムハンマドに異議を唱えたりすることはできない。ただ、その心に小さな不満が生まれることはあり得た。そしてそれも、預言者にふさわしい手だてでもって解決することができるのだった。それが可能だということは、もうこの最初の呼びかけによって明らかにされ始めているのである。

預言者ムハンマドはこの最初の言葉によって、心の中に不満を持っている者たちに大きな影響を与えられたのであった。即座に、皆の注意が集められ、彼らの目は預言者ムハンマドに釘付けとなった。これから言われることがとても重大なことであるのは明らかだった。皆注意深く、言葉を待っていた。

預言者ムハンマドのこの最初の行動は望まれたとおりの結果を生んだが、続けざまに次の行動に移る必要もあった。それがうまく行かなければ、最初のこの行動が逆効果になってしまう可能性があった。だから、ここで適切な行動をとることがとても重要となってくる。

預言者ムハンマドは次のように語られた。

「私が来た時、あなた方は道に迷っていたのではなかったですか? アッラーが私を通してあなた方を正しい道に導かれたのではなかったですか? 

「私が来た時、あなた方は貧困に苦しめられていたのではなかったのですか? アッラーが私を通してあなた方を豊かにしたのではなかったですか?」

「私が来た時、あなた方はお互い対立しあっていたのではなかったですか? アッラーが私を通してあなた方の心をまとめられたのではなかったですか?」

預言者ムハンマドが一つの文を言い終わるごとに、マディーナの教友たちは皆「その通りです、何もかもアッラーと預言者のお陰です」と答えた。

預言者ムハンマドはここで、話し方を変えられた。

「マディーナの民よ。もし望むなら、あなた方は別の形の返事をすることもできたのですよ。例えばこんな風に言うこともできたのです。『あなたはマッカで否定されて我々のところに来た。我々はあなたを支持した。あなたは追放されて我々のところに来た。我々はあなたを受け入れた。あなたは故郷を追われて我々のところに来た。我々はあなたにこの土地を提供した。あなたは助けを求めて我々のところに来た。我々もあなたを全面的に助けたのだ!』という返事をすることもできたのです。それは事実であるからです。あなた方を否定するものは誰もいないでしょう」

これらはマディーナの教友たちの側に立って言われたものであるが、もしムスリムが自分たちの預言者にこのように言えば、彼は道を誤ることになっただろう。

「マディーナの民よ。私は彼らの入信を望み、それだから彼らにいくつか現世的なものを与えたのです。それに不満を感じるのならば、あなた方は、他の者がラクダや羊を伴って家に帰る時、あなた方はアッラーの使徒と共に家に戻ることを望まれないのですか? 私自身、限りない力の持ち主であられるアッラーに誓って言いますが、人々が一方の道へ、あなた方がもう一方の道へ行く時、私は全く迷うことなく、あなた方の行く方に進むでしょう。移住(聖遷)の問題がなかったらとしたら、私もマディーナの民となることをどれほど望むことでしょう。アッラーよ、マディーナの民を、彼らの子孫をお守りください!」[8]

この言葉に対して泣いていない者はなかった。皆泣きながら「アッラーと使徒が私たちには十分です。他には何も望みません」と言っていた。

預言者ムハンマドのこの短い、内容の濃い呼びかけが大きな反乱の芽を瞬時に摘み取り、聞いていた者の心をさらにつかんだということは驚くべき出来事であり、これを説明するためには、預言者の知性という言葉を使うより他に何の手段もないのではないかと私は考える。

文を一つ一つ見ていってほしい。タイミングの問題も考え合わせてみてほしい。最初の言葉と、最後の言葉との間で、聞く者の魂が進んだ距離を考えてほしい。それから、これらを長く考えたりすることなく、計算を練ったりすることもなく、その場で、何も見ずに語られたことも考え合わせてみてほしい。そして、このような言葉を誰が語れるか、あなたの心に尋ねてみてほしい。おそらく、あなたが得る答えは「ムハンマドはアッラーの預言者である」となるであろう。壊されていない心を保っている人なら皆同じ答えを自分の心から聞くことができるだろう。意地を張ったり、自分の考えにこだわったりしなければ。

ここで我々はこの出来事についてもう少しだけ考察し、細かい部分は将来の心理学者や社会学者に任せることにしよう。彼ら自身の味方でこの出来事をとらえ、研究してもらおう。そして、預言者ムハンマドの知性を理解する上での貢献となってほしい。

最初に、この呼びかけは完全にマディーナの教友たちのみに対して行なわれている。なぜなら、マッカの者や他の移住者たちには、このような呼びかけを必要とするような考えはなかったからである。だから、彼らにとってはこのような言葉はそれほど注意深く受け入れるべきものではなかった。それで、聴衆の中に彼らが混じることは、マディーナの教友たちに生まれるべき空気の妨げになってしまう可能性を含んでいたのである。このことは、この呼びかけにおいては重い意味を持つのである。

二つめ。マディーナの教友たちのみが集められることは、彼らにとって名誉であった。預言者と共にいること、そして他の者がその場に受け入れられないことは、心理面で彼らに大きな影響を及ぼすものであった。

三つめ。ここで語られていることの中で、マッカの者や移住者たちに対して否定的とも受け取れる表現がある。「皆がラクダや羊と共に家に帰る時」という表現がその一つと言える。

四つめ。一番最後で、マディーナの教友たちが評価され、彼らのためにお祈りがなされている。移住者たちにはこのようなお祈りは重荷になり得た。

五つめ。ここでの言葉は、アラビア語の原文において、文学的、表現技巧的にも素晴らしいものである。

六つめ。呼びかけの最初で聞く者にショックを与え、その後彼らへの態度を十分に軟化させること、それらを計算に入れた上で話すこと、彼らをただ黙って聞き続ける状態にしておくこと、これらは驚くべきことである。

七つめ。言葉を濁したり遠まわしに言ったりせず、言うべきことを純粋な形で、誠意を込めて語ることによって、聞く者にも口をはさむ余地を与えなかった。このことも、よい結果を出す上で重要であった。

八つめ。これらが、考えることもなく即興で語られていることも、この言葉の影響力にまた別の深みを加えている。

この他に、まだまだ思いつきそうな多くの事項は、預言者ムハンマドが自分で考えて語られたのではない。御自身に与えられた預言者特有の知性、そして神意によって語られ、問題を解決していっておられるのである。

 


[1] Muslim, Iman 293; Ibn Hanbal, Musnad 4/401
[2] Qadi ‘Iyad Ash-Shifa 1/67
[3] Musnad 3/425; Ibn Hisham, Sirah 1/209
[4] Ibn Hajar, Isabah 1/337
[5] Ajluni, Kashf al-Khafa’ 1/147
[6] Ibn Hanbal, Musnad 4/65; 5/64
[7] Ibn Hisam, Sirah 4/135,136
[8] Bukhari, Manaqib al-Ensar 1,2 ; Muslim, Zakat 132-141

Share:

More Posts

fethullah gulen hocaefendinin le monde makalesi 99d

ムスリムよ、自らのイスラーム理解を批判的に見直そうではないか

イラク・レバントのイスラム国(ISIL)と名乗るテロリストグループが犯している虐殺の数々に直面した私の抱く深い悲しみ、嫌悪感は、いくら言葉を尽くしても言い表すことができない。
勝手に歪曲したイデオロギーを宗教という名で包んでテロを引き起こす集団がいることに世界中のムスリム15億人はやりきれない鬱屈した感情を抱いているが、私もその一人である。我々ムスリムには他の市民と連携してこの世界をテロの災禍や暴力的な過激主義から救う特別な責務があるのみならず、我々自身の信仰になすりつけられた汚れたイメージの払拭に努める必要がある。
言葉やシンボルを用い、観念として特定のアイデンティティーを高らかに謳うことは容易いことだ。しかしそれが真実であるかどうかは唯一、標榜するアイデンティティーの本質的価値観に我々自身の行いを照らし合わせてみることで判じることができというものである。我々の信仰の試金石はスローガンや何かしら粉飾を施したものではない。この世に存在する主だった信仰のすべてに共通の、命の尊厳や人類に対する尊厳の尊重といった基本的価値観に従って生きることができているかどうかによって試されるのだ。
テロリストが吹聴するイデオロギーは断じて糾弾すべきである。そしてその代わりに、明確に確信を持って多元的なものの見方の浸透を図るべきだ。とどのつまり、個々の民族や国家、宗教といったアイデンティティーの前に来るのは人類という共通の立場である。その人類は残酷な行為が繰り広げられる度にますます苦境へと追いやられている。パリで亡くなったフランス国民、その一日前にベイルートで命を落としたシーア派ムスリムのレバノン国民、そして同じテロリストの手によって死に追いやられた無数のイラク在住スンニ派ムスリムは皆、人間という以外の何ものでもないのである。宗教や民族といったアイデンティティーに関係なく、どこの誰であれ人が被っている苦難を等しく不幸として自ら共感し、一様に断固たる態度を示すことができるようになるまで、我々の文明が発展を遂げることはないだろう。
同時にムスリムは陰謀論と決別すべきだ。この理論は今まで、我々が社会問題に直面する妨げでしかなかったからである。我々がすべきは真の問題に向かい合うことだ。我々の内に無意識に潜む権威主義、家庭内暴力、若者軽視、バランスのとれた教育の欠如といった社会的理由が原因で、全体主義的思考に染まるグループにとって人を勧誘しやすい素地が提供されることになってはいまいか。基本的人権や自由、法の支配の優位、社会における多元的思考といったものを我々が確立するのに失敗したせいで、他の選択肢を模索してもがく人々を生み出したのではないか。
先日のパリでの事件で神学者と一般信徒であるムスリムの双方は今一度、宗教の名のもとに画策される野蛮な行為を断固拒否し非難する必要性を認識することとなった。だが今、拒否と非難は十分ではない。ムスリム社会内で見られるテロリストの勧誘に対しては、国家権威と宗教指導者、そして市民社会が効果的に協働して立ち向かい、戦うべきである。広く社会全般の取り組みを結集させ、テロリスト勧誘を促進するあらゆる要因に立ち向かわなければならないのだ。
民主的手段に則った支持表明、異議申し立ての方法
我々は社会と協力して、危険性を孕む若者を見つけ出し、自滅的な道に進んでいくのを食い止め、家族に対してもカウンセリングやその他の支援活動で手を貸すための枠組みを立ち上げなければならない。対テロ対策を練り上げ意見交換する場にムスリム市民の当事者も参加できることを目指し、政府が前向きに、事前対策に関わっていくようになるのを推し進める必要もある。若者に対しては民主的手段に則った支持表明及び異議申し立ての方法が指導されるべきである。早い段階から民主的価値観について学校のカリキュラムに組み込まれることも若者の精神に民主主義の文化を植え付けるために不可欠であろう。
ああした悲劇の直後に強い反発が引き起こされるのは歴史の常である。反ムスリム、反宗教といった心情に留まらず、各国政府が治安重視を掲げてムスリム市民を対象に取り始めた措置は逆効果と言わざるを得ない。ヨーロッパ在住のムスリム市民も、平和と安寧のうちに暮らしたいと願っている。であるなら彼らも悲観的な空気に意気消沈せず、ムスリム共同体がさらに大きな共同体とよりよく融合していけるような受け入れ策を促進してもらえるよう、地方自治体及び政府に対して一層働きかけ努力すべきである。
我々ムスリムにとってもう一つ重要なことは、現代の状況や要請、そして歴史的経験の集大成から解明される諸事に照らし合わせて、我々のイスラームに対する理解・実践を批判的に見直すことだ。これはなにも、蓄積されたイスラームの伝統からの決裂を意味するものではなく、むしろムスリムの先人たちが明らかにしようとしたクルアーンとハディース(預言者の言行録)の真の教えを確認するために行う理知的な問いかけなのである。
歪んだイデオロギーに利用するため宗教的文献をその文脈から切り離して読むようなやり方についても、それを追いやる方向で積極的に動かねばならない。ムスリム思想家及び知識人は全体的アプローチを推進させ、中世のように宗教的帰属と所属政党が凡そ一致する状況で果てしない論争が繰り広げられていた時代にくだされた法的判断については再検討に付すべきであろう。核となる信念を持つことを教条主義と同列に扱ってはならない。宗教のエートスへの忠実を保ちながら、イスラームのルネッサンスに開花した思想の自由という精神を復興させることは可能であるし、何より絶対的に必要である。ムスリムが暴力の原因となる過激主義やテロと有効に戦うにはそうした雰囲気が醸成されてこそ可能となるのである。
こうした諸事件が起きた余波として最近、無念にも、文明の衝突論が再び頭をもたげてきているのを目撃している。そのような仮説を最初に提示した人物は先見の明があったからそれができたのか、もしくはそれを強く欲していたからかは分からない。確かなのは、今日このレトリックの復活はテロリスト・ネットワークによる勧誘活動を一層活発化させているにすぎない。はっきり申し上げるが我々が目撃しているのは文明同士の衝突などではなく、全人類の文明と野蛮さの衝突なのである。
ムスリムとしての我々の責務は、怒りにも心が折れることなく、解決策の一部となることである。全世界のムスリムの生命と市民権を守り、信仰の種類にかかわりなく全人類の平和と安寧を保持したいと願うのであれば、今すぐ行動に移し、暴力的な過激主義の問題に対して政治、経済、社会、宗教とあらゆる局面から取り組まなくてはならない。自らの生き方を通じて徳のある模範を示すこと、過激主義の視点からなされる宗教文献の解釈を疑い除外していくこと、その若者に与える影響に目を光らせていること、そして早い段階から民主主義の価値観を教育に盛り込んでいくことによって、我々は暴力やテロリズムに立ち向かっていけるともに、それにつながる全体主義的イデオロギーにも対処することができるであろう。

fethullah gulen 52 b70 scaled

ムスリムは過激派の「がん」と闘うべきである

テロを糾弾し、人権を擁護し、教育を推進する
自らを「イスラーム国」と名乗る、いわゆるISISとして知られているグループがいまだ中東で大虐殺を繰り広げる中、ムスリムは、同グループや他のテロリスト集団を駆り立てている全体主義的イデオロギーに立ち向かわざるをえない状況にいる。イスラームの名のもとに犯される一つ一つのテロ行為によって全ムスリムに深刻な影響がもたらされ、他の一般市民との関係が疎遠になったり、己の信仰の精神について誤解を深めることとなっているのだ。
暴力的な過激派の残虐性をイスラームに帰すのは正しくない。テロリストがムスリムであることを主張しても、そのアイデンティティーは名目上のものでしかありえない。ゆえに信仰を持つ人々はこの「がん」が社会のあちこちに転移するのを防ぐためにできる限りのことをすべきである。もしそれをしないのであれば、信仰のイメージが悪くなった責任の一端は我々にもある、ということになってしまうだろう。
まず我々は暴力を糾弾し、被害者意識に飲まれないようにすべきである。抑圧を受けたからといって被害者意識を持ったりテロを非難しないでいることを正当化することにはならないからである。テロリストがイスラームの名のもとに重大な罪を犯していることは何も私個人の見解というわけではない。聖典クルアーンと預言者ムハンマドの人生に関する伝承という主要な出典を素直に読めば必然的にそういう結論が導きだされるのだ。こうした出典に見いだされる核となる原則は、預言者の言行録や、聖典に書き著されている「作者の意図」の研究に身を捧げてきた学者たちによって何世紀もの間受け継がれてきた賜物であるが、テロリストたちが宗教的に正当化しようとしているいかなる主張をも一掃するものである。
次に、時に信奉者たちの多様な背景に応える柔軟性が悪用されることを鑑みて、イスラームの総合的な理解を促すことが重要である。しかしながらイスラームの核となる倫理に解釈の余地がないこともおさえなければならない。そうした原理の一つに、罪のない一人の人間の命を奪うことは全人類に対する犯罪に相当するというものがある(クルアーン5:32)。戦争で防御を図ることに関してでさえ、戦闘員以外への暴力、特に女性や子供、聖職者に対するものは預言者の教えによって明確に禁止されているのである。
我々は世界中の平和を希求する人々と団結してこうした価値観を提示していく必要があるだろう。人間の心理が持つ性質やニュースの重大性を鑑みれば、主流派の声が過激派のそれほどに大見出しとならないのは致し方ないことである。だからメディアを非難する代わりに、我々の声を届かせる革新的な方法を考え出すべきだ。
三つ目としてムスリムは、尊厳、生活、自由といった人権を公に推進していく必要がある。これらはイスラームに備わる最も基本的な価値であり、個人であれ政治、宗教指導者であれ、勝手に他人から取り上げる権利など持ってはいない。信仰の神髄を生きることは、文化的、社会的、宗教的そして政治的な多様性を尊重することを意味する。神は、互いに学びあうために多様性があると、その第一義的な目的を明らかにされている(クルアーン49:13)。神が創造されたものとして一人一人の人間を尊重すること(クルアーン17:70)は神を尊重することにもつながる。
四番目として、ムスリムには社会の構成員すべてに教育の機会を授ける必要性があり、ここで文系や理系、芸術といった学問は生きとし生けるものを尊重する文化の一部となっていなければならない。ムスリム諸国政府は民主主義的価値観を養うようなカリキュラムを策定すべきである。一方、市民社会の役割は尊敬と受容の念を育んでいくことである。ヒズメット運動参加者たちが150か国以上で1,000以上の学校や個別指導センター、対話機関を設立したのはこのことが理由なのだ。
五番目、ムスリムに宗教的教育を施すことによって、過激派がそのゆがんだイデオロギーを宣伝するために用いようとする手段を奪うことが非常に重要である。一部のムスリム世界で何十年間もみられているように宗教的自由が否定されると、信仰は闇の中で培われることとなり、きちんとした資格のない過激な人物の解釈に任されるままとなってしまう。
最後に、男女の等しい権利を推進することもムスリムにとって欠かせない。女性は機会が与えられ、平等を否定するような社会的圧力から解放されるべきである。ムスリムにとっては、預言者ムハンマドの妻であり、高い教育を受けた学者、教師、その時代の卓越した共同体指導者として生きたアーイシャという優れた例があるではないか。
テロリズムは多面的問題であり、政治、経済、社会、宗教のあらゆる層が解決に取り組む必要がある。問題を単なる宗教に狭めるやり方は、危険性をはらむ若者や世界全体に損害を与えかねない。国際社会は、ムスリムが事実上そして象徴的な意味においてもテロの主な犠牲者となっていることを認識し、同時に彼らがテロリストを追いやり勧誘活動を阻止する一助となることを理解するのが賢明というものである。だからこそ、諸国政府はムスリムの疎外を招くような声明の発表や行動を避けるべきなのだ。
暴力的な過激派のいるところに宗教はない。そこには常に信仰というテキストを操作する人々がいるだけである。クリスチャンがクルアーンを燃やす行為やクー・クラックス・クランの行いを是認するわけではないのと同様、また仏教徒がロヒンギャのムスリムに対する残虐行為を支持するわけではないのと同様に、一般的ムスリムも暴力を承認しているわけではない。
ムスリムは歴史的に見て文明の繁栄に大きく寄与してきた人々である。最も偉大な貢献がなされた時代とは、信仰によって相互尊重や自由、公正が大切にされていた時代であった。イスラームの汚名を返上するのは非常に困難であるかもしれない。しかしムスリムはそれぞれの社会で平和と安寧の案内役となれる人々である。

tr haber 16281 pakistan deprem 87a

心の病

真に信心深い人とは、同時に高い徳をも身につけている人のことである。その人の崇拝行為には見せかけはなく、行動には偽りがなく、その心には悪意やいがみがない。見せかけは人をアッラーから遠ざける。偽りは人をアッラーから、かつ人々から遠ざける。悪意は憎悪を、いがみは恨みを呼び起こす原因となる。

akademisyenler mefkure yolculugu kitabini muzakere etti 44c

内面と外面の一致

世界をただそうと努める人は、まず自らをただす必要がある。そう、まず彼らの内面が憎悪、敵意、嫉妬から、外面もあらゆる不適切な行動から清められることが必要である。それであってこそ、周囲への模範となれるのだ。自分の心をコントロールできない、我欲と格闘していない、感情世界を征服できていない人によって周囲に送られるメッセージは、それがどれほど輝かしいものであろうとも、人々の魂に興奮をもたらすことはなく、もしもたらしたとしても継続的な影響を及ぼすことはない。

dun irtica bugun camia 44f

恵み多い人生を生きる人たち

最も長い寿命を持つ人とは、たくさん生きた人のことではない。十分に活動し、この生から報奨を得ることができた人である。この基準で見るなら、100歳まで生きていても短い生ということもできるし、15歳の時に、獲得には何千年もかかるような恵みや美徳によってその頭を天に届かせた人々もいる。

verslaafd aan gemakzucht eb1

泣く時・笑う時

年を取るに従い、しもべであるという意識と一体化できない魂は、得をしているつもりで実は失っているものがあるという不幸に陥る。もしその人がこれを理解できれば、今日笑っている事柄に泣くだろう。後悔に頭を垂れるだろう。

philip clayton 1 a74

名誉

あからさまに名誉や貞節に対する敵対行為を行なう人は低俗であり、こっそりと行なう人はアッラーから恥じることを知らず、自らを知らずにいる卑俗な者である。そもそも、名誉や高潔さという感情を持たない者は、祖国への思いも持たない。

hasbi gulen19

不正な手段

偽りや誇張の上に造られたシステムは、例え長い寿命を持つものであったとしても、遅かれ早かれそれを守ろうとする人々の頭上に崩れ落ち、消え去る。つらい夢、空想として残るのみである。

Cikmadi Bahr 1

深いところ

人における感受性のあり方は、生き方、味わった苦しみ、困難さに比例して発達していく。ろくな苦労もせず、考えることも苦しみを味わうこともない人たちの感情世界は、他の経験同様、決して発達することがない。そういった人たちは、決して、全ての被造物と一体となれることもない。

Rabbim senin

恵みと、それを意識すること

アッラーは人々に、数え切れないほどの恵みを下さっている。これらのうち最も大きいものの1つは、その恵みを意識でいる、というものである。
健康は、健康な人の背にある貴重な恵みである。病気になった人のみがその価値を知る。
アッラーの、人々へ与えられた最大の恵みは、信仰という恵みである。この偉大な恵みへの感謝は、アッラーに対抗しないこととなる。
あらゆる恵みに対し、その恵みに応じた感謝を行なうことは、価値を理解できる、ということを意味する。
しばしば、無知な人々が幸福で豊かであり、英知を持つ人々が物質的な困難さを味わうということは、この世界の恵みが人の真の価値にふさわしい形ではもたらされてはいない、ということを示している
ある品の価格を知ることではなく、価値を知ることが大切である。
アッラーの恵みは、その偉大さの規模に適ったものであり、感謝の要求は、恵みとして与えられたものの価値に適うところとなる。
人をアッラーから遠ざけるような恵みは、最大の災いである。

Send Us A Message