まわりを見渡してみよう。 いたるところで「明白なるイスラームのディーン」に対する攻撃がある。これに対し胸に刀が刺されたように傷の痛みを感じない者たち、さらに死にそうに感じない者たちはその教え ( ディーン)を心に引きつけて捉えなおさなければならない。「アッラーが機会を御与えにならなかった」と言いながら、脇に退く者や、悲しみ悩む事もなく気軽な生活を続ける者たちに尋ねてみたい。そのようなことばで、貴方はアッラーに対する信頼を言い表そうとしているのだろうか?それに対し否と私は答える。真理の主が恵みを与え給う人々はこのようには言わない。彼のために今まで何をしてきたのだろうか?真夜中に何滴の涙を流しながら、サッジャーダ(礼拝用の敷物)の上で時を過ごしただろうか?「明白なるイスラームのディーン」のためにどれほどうめき苦しんだだろうか?何度、真から心が張り裂けそうになっただろうか?