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March 4, 2014

私の民主主義に対する立場は非常に明確です。国を転覆させようとするいかなる試みも、私たちの団結への裏切りであり、反逆です。
Home » Collection for March 4, 2014

フェトフッラー・ギュレン

私は50年以上にわたり、平和、相互尊重、利他主義の価値を説き、教えてきました。
Home » Collection for March 4, 2014

フェトフッラー・ギュレン

イスラムの信仰、礼拝、道徳、行動の基本的な原則は、時代の変化に影響されません。イスラムは特定の不変な政府形態を提案せず、それを形成しようともしません。イスラムはその名において神権政治を提供したことも、確立したこともありません。
Home » Collection for March 4, 2014

March 4, 2014

フェトフッラー・ギュレン

image 1

1分のハディースの分析

「無益なものを放棄することはイスラームの良さの一つである」, 手と口の災い, 「人は愛する者と共にいる」

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Japanese (日本語)

まず計画を, 2002, 相談すること

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nabizlar hep ayni atmali d68
真実のしずく

真実のしずく 12

均衡は、イスラームの精神である。
あなたの心から湧き上がってきたのではない、預かり物である表現を用いてあなた自身を説明しようと努めることは、無駄な努力である。あなたが語ること、行なうことはあなたの内面からの声でなければならない。
人々にアッラーを説明するために、合法であるすべての手段を用いることは、預言者の徳である。
「教えが、知られることも、実践されることも、説明されることも、そして生を生とすることもないのであれば、生きることには何の意味もない」という考えを、常に意識の上で新鮮なものとして保っておくべきである。
クルアーンを生き物であるように見なすべきである。あなたがそれに愛情を示せば、それもあなたに愛情を示してくる。そうして両者の間に精神的な結びつきができる。
私たちの仕事を、礼拝時間に合わせて調節することができたなら、どれほどよいことだろう。
頑固であることがすばらしいものとされる場がある。それは真実におけるゆるぎのなさである。
小さいことにこだわるのは、小さい人間のやることである。
罪に対し強い意志を持ち抵抗を示すことは、時に何百ラカートの礼拝以上の善行となることがある。
ほとんど全ての人にとって最も心を動かす声とは、自分自身の声である。望む者は、夜のひとけのない小さな入り江で、調和のとれた声でアッラーの名を唱えつつ、これを試してみることができよう。

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真実のしずく

真実のしずく 11

わが主よ!知られた人間になることではなく、知られることはなくてもあなたのことをよく知った人間になることを私は望んでいます。
人々が書物を必要としているように、書物もまたそれらをよく体現する人々を必要としている。
要因は、それによって求められる目標の尊さに応じて、その価値を得る。
どのような仕事においても、ほんのわずかであってもそこにまがいものである何かが混入することを許してはいけない。
私たちの異なる点は、違うという思い込みをしないことにあるのだ。
シャイターンの人間に対する最大の欺きは、その存在を忘れさせることである。
聞き手に対しては、多くの事柄を説明する人々以上に、正しく生きる人々がより影響を及ぼす。
自己中心主義の父はシャイターンである。人は自己中心主義の大きさに準じる形でシャイターンに近く、アッラーからは遠い。
ほんのひとかけらの嘘であれ、それによって教えのために奉仕を行なうことはできない。
人は、自らの自我を尋問する際には-失望しないことを条件として-自らを激しく問い詰めなければならない。しかし他者についてはいつでも肯定的に考えるべきである。

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masum turker 127
真実のしずく

真実のしずく 9

悲しみが最高の段階にまで到達した地点とは、喜びへと扉が開かれる地点でもある。だからこそ、ミアラージュ(預言者ムハンマドが天に昇り、また戻られた夜)の年は、「悲しみの年」から「喜びの年」となったのである。
他人の誤りや罪を責める責任があるという点について、何らかの宗教上の根拠を示すことは不可能である。
他者の罪にこだわり続けていることは、心の病である。
人は自我に固執する程度に応じてシャイターンに近く、アッラーからは遠い。「私が」という人には扉は開かれない。
成功を自分によるものだと見なすことは一つの敗北である。真の成功は、あらゆる成功がアッラーによるものだと知ることによって手にされる。
苦痛がないこと、苦悩がないことは、人を苦しめるとても大きな災いである。
到達する目標の価値に応じて、その道は尊さを持つ。
健やかな心とは、そこに、どっちつかずの思想や迷いのない心を意味する。
改善にしっかりと取り組んでいる社会は、アッラーは滅亡させられることはない。
物質的・精神的な成功の多くは、物質的・精神的な多くの困難さを乗り越えることに結び付けられている。

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fethullah gulen awarded 2015 gandhi king ikeda peace award c1d
真実のしずく

真実のしずく 10

人の価値はその意志の広遠さに応じたものである。
真剣さは、その知と正比例する。
人は、自らを読み取ることのできた程度に応じて、内面的に深さを増すことができる。
行なわれることはすべて、アッラーの、預言者ムハンマドの、そして人々にその判断を委ねることができるような形で行なわれるべきである。
書いたもの、読んだもの、話したものを自我のものとする人々は、自分が行なうことが何の影響も及ぼさないであろうということを最初から認めなければならない。
アッラーを忘れさせる恵みは、恵みの形をした害である。
善とされることにおいても、アッラーが喜ばれないことにおいても、小さいと呼ばれるようなものは何もない。
あらゆるものは、アッラーの位階においてそれが示すものに応じた価値を持っている。重要なのは、アッラーが価値を与えられることである。
畏れに応じた希望と、希望に応じた畏れがあるべきである。
どうか、アッラーよ!神意において認められる人間がどのようなものであれ、私にもそのようであることをお恵みください!

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buyukelcilere boyle bir talimat vermek suctur 602
真実のしずく

真実のしずく 8

夜の驚嘆の果実を味わうことのない人は、他者を長い期間養っていくことはできない。
天国は、アッラーの人々への愛情のしるしである。
神に至るためのブラーク(預言者ムハンマドがミアラージュの際にそれに乗られ天に昇られた乗り物)とは、イフラースである。
バラにすらとげはある。人がバラの香りを感じることなくとげにこだわるのは、いくらかは彼自身の魂にあるとげのせいである。
苦しみは、一方では非常に重要なドゥアーであり、また一方では人を行動に移させるとても力強い発電機である。
マァリファ(アッラーをその特性や美名と共に知ること)へと至る道は、理論においては知識、実践においては崇拝行為を通っている。
クルアーンは、ただアラビア語をよく知っている人たちではなく、同時にアッラーとの結びつきが強い人たちが理解する。
大きな意志を持つ人たちの、行動における不足を理解することは不可能である。
良い徳によってのみ到達できる地位が存在する。
文章の中でとどまってしまい、実際に現れる部分に浸透してこない知識のかけらは、何の役にも立たない。

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951 turkce olimpiyatlari
真実のしずく

真実のしずく 7

アッラーのご満悦を得ることと他の何らかの目的が決して比較されることがないように、アッラーのご満悦を得るための媒介としては、アッラーの教えをその崇高さにふさわしい形で伝えることは他の何らかの行為と比較され得ない。
振舞いが、その人の本質からもたらされるものであることは非常に重要である。教友たちはとても自然な集団だった。
自らが書くこと、読むこと、話すことに執着している人は魂が病んでいる。そしてそうした人が相手に対し影響を及ぼすことは絶対に考えられないのだ。
誤りを最小限に抑える最も大切な手段は、物事についてそれを専門とする人に相談することである。
行なったことに深みを加え、それを承認されるものへと導く特効薬は、意志である。
人が心の目と耳によって常に糧を得ていないのであれば、信仰の貯め池に何も流れていないということである。
クルアーンは預言者ムハンマド(アッラーの祝福と平安がありますように)において、預言者ムハンマド(アッラーの祝福と平安がありますように)はクルアーンにおいて探し求めなければならない。
イスラーム法を尊重することは、アッラーとの結びつきを証明するしるしのうち最も重要なものの一つであることには、まったく疑いの余地がない。
クルアーンのないウンマも、ウンマのないクルアーンも、妙なものである。

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nadiersoy 15 75c
真実のしずく

真実のしずく 6

一人の人にとって最大の不幸は、その行き先について全く何の不安も抱いていないこと、そして予想もしなかった瞬間に、それまで気にかけてもいなかった勘定と共に来世へと移動することである。
私たちの本質に到達するということは、私たちの価値によってもう一度よみがえることを意味する。
どのような種類のうそであろうと、教えへの貢献となることはない。人々に愛情を目覚めさせるためにうそをつくことですら、教えへの奉仕という考えへの裏切りと見なされるべきである。
アッラーを求める人々は、アッラーがご存知であること、そして評価されることで十分としなければならない。他の人々によって知られること、評価されることへの期待から遠ざかっていなければならない。
両替商のような細やかさのうちに、全てがアッラーの望まれるものに適っていることを求めなければならない。
信仰の道の旅人たちについて最も心配していることの一つが、要因と結果の間の均衡を守ることができなくなり、アッラーを信頼する代わりに要因群を信用するようになることである。
皆に愛らしいものと見なされることは到達することのない頂きであり、この頂きに到達することは預言者たちにすら容易なものとはされなかったのだ。
人は何かを仕留めたいと思っているなら、その網を苦しみの斜面に広げ、そこで捕らえるべきである。
自分たちを見る視野を広げるにつれ、アッラーを拝見する視野を狭めていくことになる。
イスラームの教えを広めるという道においてアッラーのご満悦へと歩く者は、思考の意図を論理の手に、その論理は心の命令にゆだねなければならない。

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gulens book translated into belarusian a89
真実のしずく

真実のしずく 5

信者のしるしは、座り込んで運命に泣くことではなく、運命を明るいものにしようと努めることである。
一人の人がもしアッラーのためにあるなら、アッラーもその人のためにあられる。
アッラーよ、どうか私の魂の碑を常にまっすぐに支えてください!
過去の苦しみと現在の困難さを軽減する万能薬の一つが、未来の素晴らしさへの希望と共に生きることである。
アッラーよ、あなたから、ただあなたを求めます。あなたによって私は満たされます。私が必要とするものもあなたがご存知です。
来なさい、皆で一緒に少し苦しみを求めましょう。
どうかアッラーよ、あなたの存在の荘厳さを私の心に感じさせてください!
現在世界は、他の何でもなく、宗教に自らをささげた何人かの夢中になっている人々を必要としている。彼らを「教えに夢中になっている人」ということもできよう。
知識人とは単に知識を備えた人という意味ではない。それは同時に、行動を起こす人である。
アッラーよ、あなたを知ることができるよう、私の能力や愛情を増してください!

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真実のしずく

真実のしずく 4

アッラーと近しくない人の視界では、いつでも遠さという風が吹いている。
行なった仕事に「私が」という考えを加える人は、その仕事を汚したことになる。
話したことは、心にあるものを顕している度合いに応じて、その価値を得る。
しもべとしての意識を持つ信仰者に与えられる努めは、無限であるお方の前でゼロであることである。自らをゼロとすることのできない者は、決して無限であるお方に至ることができない。
人をアッラーのご満悦へ速く到達させる要因として、神の言葉を伝え広めること以上のものを私は知らない。
崇拝行為は、知られることが尊さをもたらすお方アッラーにのみ知っていただくことに結び付けられるべきである。
要因を尊重しないこともまた、アッラーに対する一種の不遜さである。
誰のしもべにもならないための唯一の手段は、アッラーの忠実で純粋なしもべとなることである。
無遠慮さはアッラーから遠くあることの、真剣さはアッラーに近くあることの最も明白なしるしである。
アッラーよ、私たちに何を、どこで、どうやって話すべきかを教えてください!

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真実のしずく

真実のしずく 3

何らかの見返りを期待して行なわれた仕事は、非常に英雄的な形で実現されたとしても、一切なんの未来も約束するものとはならない。
忠実さと安全性は互いにとても近しいものであり、双子として生まれたというにふさわしい。信者が正しく語らないことは奇妙なことだとされ、シャイターンが正しく語ることは驚くべきこととして受け止められてきた。
粗暴な言葉や振舞いは、魂における粗暴さの、外面に反響するがたがた言う音に他ならない。
深さを増そうという意志を携えていないものは、気がつかないままに時と共に浅はかになっていく。
あらゆる徳の悪化の根源は、進歩せずにいることである。
地上では、預言者ムハンマド(彼の上に祝福と平安あれ)を量る秤をアッラーは創造されなかった。
祝福された人とは、教えを伝える人を意味する。教えを伝える人とは、主張を行なう人のことではなく、行動する人である。
アッラーがそのしもべに与えられた最大の恵みはイフラースである。
犯された罪がどれほど大きなものであろうと、アッラーのご慈悲は常により大きいものである。
知識を糧とする人は、決してイフラースや教えのための努力において嫌気を感じることがない。

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fethullah gulen hocaefendinin le monde makalesi 99d

ムスリムよ、自らのイスラーム理解を批判的に見直そうではないか

  • December 25, 2015
イラク・レバントのイスラム国(ISIL)と名乗るテロリストグループが犯している虐殺の数々に直面した私の抱く深い悲しみ、嫌悪感は、いくら言葉を尽くしても言い表すことができない。 勝手に歪曲したイデオロギーを宗教という名で包んでテロを引き起こす集団がいることに世界中のムスリム15億人はやりきれない鬱屈した感情を抱いているが、私もその一人である。我々ムスリムには他の市民と連携してこの世界をテロの災禍や暴力的な過激主義から救う特別な責務があるのみならず、我々自身の信仰になすりつけられた汚れたイメージの払拭に努める必要がある。 言葉やシンボルを用い、観念として特定のアイデンティティーを高らかに謳うことは容易いことだ。しかしそれが真実であるかどうかは唯一、標榜するアイデンティティーの本質的価値観に我々自身の行いを照らし合わせてみることで判じることができというものである。我々の信仰の試金石はスローガンや何かしら粉飾を施したものではない。この世に存在する主だった信仰のすべてに共通の、命の尊厳や人類に対する尊厳の尊重といった基本的価値観に従って生きることができているかどうかによって試されるのだ。 テロリストが吹聴するイデオロギーは断じて糾弾すべきである。そしてその代わりに、明確に確信を持って多元的なものの見方の浸透を図るべきだ。とどのつまり、個々の民族や国家、宗教といったアイデンティティーの前に来るのは人類という共通の立場である。その人類は残酷な行為が繰り広げられる度にますます苦境へと追いやられている。パリで亡くなったフランス国民、その一日前にベイルートで命を落としたシーア派ムスリムのレバノン国民、そして同じテロリストの手によって死に追いやられた無数のイラク在住スンニ派ムスリムは皆、人間という以外の何ものでもないのである。宗教や民族といったアイデンティティーに関係なく、どこの誰であれ人が被っている苦難を等しく不幸として自ら共感し、一様に断固たる態度を示すことができるようになるまで、我々の文明が発展を遂げることはないだろう。 同時にムスリムは陰謀論と決別すべきだ。この理論は今まで、我々が社会問題に直面する妨げでしかなかったからである。我々がすべきは真の問題に向かい合うことだ。我々の内に無意識に潜む権威主義、家庭内暴力、若者軽視、バランスのとれた教育の欠如といった社会的理由が原因で、全体主義的思考に染まるグループにとって人を勧誘しやすい素地が提供されることになってはいまいか。基本的人権や自由、法の支配の優位、社会における多元的思考といったものを我々が確立するのに失敗したせいで、他の選択肢を模索してもがく人々を生み出したのではないか。 先日のパリでの事件で神学者と一般信徒であるムスリムの双方は今一度、宗教の名のもとに画策される野蛮な行為を断固拒否し非難する必要性を認識することとなった。だが今、拒否と非難は十分ではない。ムスリム社会内で見られるテロリストの勧誘に対しては、国家権威と宗教指導者、そして市民社会が効果的に協働して立ち向かい、戦うべきである。広く社会全般の取り組みを結集させ、テロリスト勧誘を促進するあらゆる要因に立ち向かわなければならないのだ。 民主的手段に則った支持表明、異議申し立ての方法 我々は社会と協力して、危険性を孕む若者を見つけ出し、自滅的な道に進んでいくのを食い止め、家族に対してもカウンセリングやその他の支援活動で手を貸すための枠組みを立ち上げなければならない。対テロ対策を練り上げ意見交換する場にムスリム市民の当事者も参加できることを目指し、政府が前向きに、事前対策に関わっていくようになるのを推し進める必要もある。若者に対しては民主的手段に則った支持表明及び異議申し立ての方法が指導されるべきである。早い段階から民主的価値観について学校のカリキュラムに組み込まれることも若者の精神に民主主義の文化を植え付けるために不可欠であろう。 ああした悲劇の直後に強い反発が引き起こされるのは歴史の常である。反ムスリム、反宗教といった心情に留まらず、各国政府が治安重視を掲げてムスリム市民を対象に取り始めた措置は逆効果と言わざるを得ない。ヨーロッパ在住のムスリム市民も、平和と安寧のうちに暮らしたいと願っている。であるなら彼らも悲観的な空気に意気消沈せず、ムスリム共同体がさらに大きな共同体とよりよく融合していけるような受け入れ策を促進してもらえるよう、地方自治体及び政府に対して一層働きかけ努力すべきである。 我々ムスリムにとってもう一つ重要なことは、現代の状況や要請、そして歴史的経験の集大成から解明される諸事に照らし合わせて、我々のイスラームに対する理解・実践を批判的に見直すことだ。これはなにも、蓄積されたイスラームの伝統からの決裂を意味するものではなく、むしろムスリムの先人たちが明らかにしようとしたクルアーンとハディース(預言者の言行録)の真の教えを確認するために行う理知的な問いかけなのである。 歪んだイデオロギーに利用するため宗教的文献をその文脈から切り離して読むようなやり方についても、それを追いやる方向で積極的に動かねばならない。ムスリム思想家及び知識人は全体的アプローチを推進させ、中世のように宗教的帰属と所属政党が凡そ一致する状況で果てしない論争が繰り広げられていた時代にくだされた法的判断については再検討に付すべきであろう。核となる信念を持つことを教条主義と同列に扱ってはならない。宗教のエートスへの忠実を保ちながら、イスラームのルネッサンスに開花した思想の自由という精神を復興させることは可能であるし、何より絶対的に必要である。ムスリムが暴力の原因となる過激主義やテロと有効に戦うにはそうした雰囲気が醸成されてこそ可能となるのである。 こうした諸事件が起きた余波として最近、無念にも、文明の衝突論が再び頭をもたげてきているのを目撃している。そのような仮説を最初に提示した人物は先見の明があったからそれができたのか、もしくはそれを強く欲していたからかは分からない。確かなのは、今日このレトリックの復活はテロリスト・ネットワークによる勧誘活動を一層活発化させているにすぎない。はっきり申し上げるが我々が目撃しているのは文明同士の衝突などではなく、全人類の文明と野蛮さの衝突なのである。 ムスリムとしての我々の責務は、怒りにも心が折れることなく、解決策の一部となることである。全世界のムスリムの生命と市民権を守り、信仰の種類にかかわりなく全人類の平和と安寧を保持したいと願うのであれば、今すぐ行動に移し、暴力的な過激主義の問題に対して政治、経済、社会、宗教とあらゆる局面から取り組まなくてはならない。自らの生き方を通じて徳のある模範を示すこと、過激主義の視点からなされる宗教文献の解釈を疑い除外していくこと、その若者に与える影響に目を光らせていること、そして早い段階から民主主義の価値観を教育に盛り込んでいくことによって、我々は暴力やテロリズムに立ち向かっていけるともに、それにつながる全体主義的イデオロギーにも対処することができるであろう。
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ムスリムは過激派の「がん」と闘うべきである

  • September 7, 2015
テロを糾弾し、人権を擁護し、教育を推進する 自らを「イスラーム国」と名乗る、いわゆるISISとして知られているグループがいまだ中東で大虐殺を繰り広げる中、ムスリムは、同グループや他のテロリスト集団を駆り立てている全体主義的イデオロギーに立ち向かわざるをえない状況にいる。イスラームの名のもとに犯される一つ一つのテロ行為によって全ムスリムに深刻な影響がもたらされ、他の一般市民との関係が疎遠になったり、己の信仰の精神について誤解を深めることとなっているのだ。 暴力的な過激派の残虐性をイスラームに帰すのは正しくない。テロリストがムスリムであることを主張しても、そのアイデンティティーは名目上のものでしかありえない。ゆえに信仰を持つ人々はこの「がん」が社会のあちこちに転移するのを防ぐためにできる限りのことをすべきである。もしそれをしないのであれば、信仰のイメージが悪くなった責任の一端は我々にもある、ということになってしまうだろう。 まず我々は暴力を糾弾し、被害者意識に飲まれないようにすべきである。抑圧を受けたからといって被害者意識を持ったりテロを非難しないでいることを正当化することにはならないからである。テロリストがイスラームの名のもとに重大な罪を犯していることは何も私個人の見解というわけではない。聖典クルアーンと預言者ムハンマドの人生に関する伝承という主要な出典を素直に読めば必然的にそういう結論が導きだされるのだ。こうした出典に見いだされる核となる原則は、預言者の言行録や、聖典に書き著されている「作者の意図」の研究に身を捧げてきた学者たちによって何世紀もの間受け継がれてきた賜物であるが、テロリストたちが宗教的に正当化しようとしているいかなる主張をも一掃するものである。 次に、時に信奉者たちの多様な背景に応える柔軟性が悪用されることを鑑みて、イスラームの総合的な理解を促すことが重要である。しかしながらイスラームの核となる倫理に解釈の余地がないこともおさえなければならない。そうした原理の一つに、罪のない一人の人間の命を奪うことは全人類に対する犯罪に相当するというものがある(クルアーン5:32)。戦争で防御を図ることに関してでさえ、戦闘員以外への暴力、特に女性や子供、聖職者に対するものは預言者の教えによって明確に禁止されているのである。 我々は世界中の平和を希求する人々と団結してこうした価値観を提示していく必要があるだろう。人間の心理が持つ性質やニュースの重大性を鑑みれば、主流派の声が過激派のそれほどに大見出しとならないのは致し方ないことである。だからメディアを非難する代わりに、我々の声を届かせる革新的な方法を考え出すべきだ。 三つ目としてムスリムは、尊厳、生活、自由といった人権を公に推進していく必要がある。これらはイスラームに備わる最も基本的な価値であり、個人であれ政治、宗教指導者であれ、勝手に他人から取り上げる権利など持ってはいない。信仰の神髄を生きることは、文化的、社会的、宗教的そして政治的な多様性を尊重することを意味する。神は、互いに学びあうために多様性があると、その第一義的な目的を明らかにされている(クルアーン49:13)。神が創造されたものとして一人一人の人間を尊重すること(クルアーン17:70)は神を尊重することにもつながる。 四番目として、ムスリムには社会の構成員すべてに教育の機会を授ける必要性があり、ここで文系や理系、芸術といった学問は生きとし生けるものを尊重する文化の一部となっていなければならない。ムスリム諸国政府は民主主義的価値観を養うようなカリキュラムを策定すべきである。一方、市民社会の役割は尊敬と受容の念を育んでいくことである。ヒズメット運動参加者たちが150か国以上で1,000以上の学校や個別指導センター、対話機関を設立したのはこのことが理由なのだ。 五番目、ムスリムに宗教的教育を施すことによって、過激派がそのゆがんだイデオロギーを宣伝するために用いようとする手段を奪うことが非常に重要である。一部のムスリム世界で何十年間もみられているように宗教的自由が否定されると、信仰は闇の中で培われることとなり、きちんとした資格のない過激な人物の解釈に任されるままとなってしまう。 最後に、男女の等しい権利を推進することもムスリムにとって欠かせない。女性は機会が与えられ、平等を否定するような社会的圧力から解放されるべきである。ムスリムにとっては、預言者ムハンマドの妻であり、高い教育を受けた学者、教師、その時代の卓越した共同体指導者として生きたアーイシャという優れた例があるではないか。 テロリズムは多面的問題であり、政治、経済、社会、宗教のあらゆる層が解決に取り組む必要がある。問題を単なる宗教に狭めるやり方は、危険性をはらむ若者や世界全体に損害を与えかねない。国際社会は、ムスリムが事実上そして象徴的な意味においてもテロの主な犠牲者となっていることを認識し、同時に彼らがテロリストを追いやり勧誘活動を阻止する一助となることを理解するのが賢明というものである。だからこそ、諸国政府はムスリムの疎外を招くような声明の発表や行動を避けるべきなのだ。 暴力的な過激派のいるところに宗教はない。そこには常に信仰というテキストを操作する人々がいるだけである。クリスチャンがクルアーンを燃やす行為やクー・クラックス・クランの行いを是認するわけではないのと同様、また仏教徒がロヒンギャのムスリムに対する残虐行為を支持するわけではないのと同様に、一般的ムスリムも暴力を承認しているわけではない。 ムスリムは歴史的に見て文明の繁栄に大きく寄与してきた人々である。最も偉大な貢献がなされた時代とは、信仰によって相互尊重や自由、公正が大切にされていた時代であった。イスラームの汚名を返上するのは非常に困難であるかもしれない。しかしムスリムはそれぞれの社会で平和と安寧の案内役となれる人々である。
tr haber 16281 pakistan deprem 87a

心の病

  • March 11, 2015
真に信心深い人とは、同時に高い徳をも身につけている人のことである。その人の崇拝行為には見せかけはなく、行動には偽りがなく、その心には悪意やいがみがない。見せかけは人をアッラーから遠ざける。偽りは人をアッラーから、かつ人々から遠ざける。悪意は憎悪を、いがみは恨みを呼び起こす原因となる。
akademisyenler mefkure yolculugu kitabini muzakere etti 44c

内面と外面の一致

  • March 11, 2015
世界をただそうと努める人は、まず自らをただす必要がある。そう、まず彼らの内面が憎悪、敵意、嫉妬から、外面もあらゆる不適切な行動から清められることが必要である。それであってこそ、周囲への模範となれるのだ。自分の心をコントロールできない、我欲と格闘していない、感情世界を征服できていない人によって周囲に送られるメッセージは、それがどれほど輝かしいものであろうとも、人々の魂に興奮をもたらすことはなく、もしもたらしたとしても継続的な影響を及ぼすことはない。
dun irtica bugun camia 44f

恵み多い人生を生きる人たち

  • March 11, 2015
最も長い寿命を持つ人とは、たくさん生きた人のことではない。十分に活動し、この生から報奨を得ることができた人である。この基準で見るなら、100歳まで生きていても短い生ということもできるし、15歳の時に、獲得には何千年もかかるような恵みや美徳によってその頭を天に届かせた人々もいる。
verslaafd aan gemakzucht eb1

泣く時・笑う時

  • March 10, 2015
年を取るに従い、しもべであるという意識と一体化できない魂は、得をしているつもりで実は失っているものがあるという不幸に陥る。もしその人がこれを理解できれば、今日笑っている事柄に泣くだろう。後悔に頭を垂れるだろう。
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